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第二十七話 背信の代償2

一部、暴力的な描写が含まれます。苦手な方はご注意願います。

 その日もエルザはハーブティーを入れて、仕事の終わる時間を見計らってディートリヒの執務室を訪れた。

 トントン。

 いつも通り返事はない。また疲れ切っているのかな、とエルザはドアを開けた。

 そこにはいつもと同じように椅子に腰掛けているディートリヒがいた。


「今日は少し違うハーブティーが手に入ったんですよ」


 エルザは赤色に綺麗に染まるハーブティーを手に机の方に向かっていった。

 しかし、顔を上げたディートリヒの目を見て足を止めた。その目にはいつもと明らかに違う深い憎悪が込められていた。

 ディートリヒはゆっくりと立ち上がりエルザの方に歩み寄ってきた。


「どうしたん……」

「おまえだったのか?」


 聞いたことない低い声だった。


「何の……」

「寝室の書類抜き出したの、おまえだろ?他に取れる奴いないからなぁ」


 憎悪に染まる目と笑う口元というバランスの悪い表情が余計に恐怖を感じた。エルザは自然と一歩後ろに下がっていた。


「……ごめんなさい」


 隠すつもりはない。その覚悟であの書類を渡したのである。しかし、恐怖のあまり視線を逸らしてしまった。

 ディートリヒが薄気味悪く笑う。


「あの男に渡したのか」


 ディートリヒがゆっくりと近づいてくる。エルザも一歩ずつ後退る。


「なあ!やっぱりあの男がよかったか?!」


 ディートリヒの声がどんどん大きくなっていく。後退るエルザの背中が壁に当たった。


「結局おまえも俺の味方じゃなかったってことだな」


 ディートリヒの手がエルザの首に伸びてくる。


「……ごめん……なさい」


 エルザはその言葉を発するので精一杯だった。

 手からティーカップが落ち、割れる音がした。


(苦しい……。でも、それだけのことを私はした。もうどんな運命でも受け入れよう)


 エルザは静かに目を閉じた。

 遠くから足音が聞こえるような気がした。


***


 暖かな光、柔らかい香り、死後の世界も意外と悪くないのかも、そんな風に思っていたら微かに人の声が聞こえた。

 薄ら目を開けると、いつもの天井が見えた。


(私の部屋か……生きてたんだ)


 手を動かしてみる。微かに動いて、布団の柔らかさを感じた。


「エルザ様、大丈夫ですか?」


 近くにいたのは、歳が近く仲の良かったメイドのミーナだった。目を潤ませてこちらを見ている。


「うん……大丈夫みたい」


 嬉しそうな笑顔を見せるミーナの顔を見てエルザも表情が和らいだ。


「ディートリヒ伯爵は?」


 エルザは気になっていたことを聞いた。ミーナは答えづらそうに下を向いた。

 そこにドアがノックされた。


「どうぞ」


 エルザは上半身を起こし答える。すると、懐かしい姿が見えた。


「ごきげんよう、エルザ嬢。体調はいかがですか?」

「……エミール……なんで?」


 そこに現れたのはエルザが育った村の教会で助祭を務める エミールだった。

 エミールはいつもの笑顔を浮かべて椅子に腰をかけた。


「今日はこれをお見せしたくて」


 手には一枚の羊皮紙を持っていた。そこに書かれていたのは――『ロイエンタール家御内命 離縁勧告の儀』。


「エルザ嬢の意見を尊重しますが……」


 エミールは優しい笑顔でエルザの頭に手を乗せた。


「自分の幸せも考えて。一人で背負うことはないですよ。ラインベルク家はロイエンタールが支援します」


 エミールの懐かしい温かい手にエルザは涙が溢れた。ずっと張り詰めてきた。これが私の使命だと思って今まで生きてきたのだから。『自分の幸せ』だなんて考える余裕はなかった。

 エミールの懐かしい声で幼子に返ったように大声をあげて泣いた。エミールはそんなエルザにずっと寄り添ってくれた。

 落ち着いた頃、エミールは書類の処理に行くと席を立った。


「待って、エミール。なんであなたがここに来たの?」


 エミールは一度視線を伏せてから優しい眼差しを向けてきた。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私、ジークフリート・ロイエンタール公爵の嫡男、エミール・ロイエンタールです」


 そう言うと、エミールは片目を閉じ、人差し指を口の前で立て、ニヤリと笑った。


「村にはご内密にお願いしますね」


 エルザが驚いて呆然としているうちに部屋を後にした。


***


 エルザが受け入れたことにより、『離縁勧告の儀』が執行された。

 結局、ディートリヒとは会えずじまいでラインベルク邸宅を去ることとなった。

 貴族に嫁いだのに、離縁して出戻りなんてどんな顔してお父様に会えばいいのか、と今更ながら焦る気持ちが出てくる。しかし、今は『一人じゃない』という意識が背中を押してくれる。

 エルザは丁寧にラインベルク邸宅にお辞儀をし、馬車に乗り込んだ。

 天に昇ったばかりの太陽が道筋を照らしているようだった。

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