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第二十五話 夢と制約

 ルーシュは黒衣に腕を通した。左胸には『時の歯車』の徽章が朝日に煌めく。

 あの三十周年式典での告発後、信徒だけではなく、もちろん正教内も、神学校も動揺を隠せなかった。

 当たり前である。自分たちの教団の上層部が国家に秘密裏に動いていたのである。

 しかし、捉え方は人により様々だった。神である『時』を操ろうなんて何と畏れ多きことか、と軽蔑するものもいれば、そんな装置が作れるのか、と興味を示すものもいた。

 どちらにせよ、国王がすぐに立て直す策を示し、ヴェルツ正教の体裁を保ってくれたおかげで、こうして変わらず日々を過ごせている。

 ルーシュは部屋を出たところでアウグストに出会った。挨拶を交わして、一緒に研究棟へと向かう。


「そう言えば、倫理委員会に誘われたんだって?」

「ああ。まあね」

「国王直々の誘いを断るとは……なかなかやるなぁ」


 アウグストがニヤリと笑ってこちらを見る。


「はは。まあ、命令って感じでもなかったしな」


 あの告発後、ルーシュは新たに設立される国王直属の倫理委員会に誘われていた。しかし、ルーシュは断った。倫理委員会の意味も必要性もわかる。だが、研究を見定める『正しさ』とは何なのか、ルーシュもいまだに分からずにいた。


「そうだ。ユリウス司祭が倫理委員会の長についたってのは知ってる?」

「ああ、らしいな」


 ユリウス司祭は正教内部でのいざこざに巻き込まれ、幽閉されていたと言う。

 国王による粛清後は、特資管理官という役職ごと倫理委員会に取り込まれた。つまり、ヴェルツ正教の開発した軍備に関する技術は国の管理下に完全に置かれたことになる。


「今回の件でしょうがないけどさ」


 ルーシュは中央広場の時計塔を見上げながら言う。


「研究内容も研究結果もすべて政治の下になるなんて、夢がないよな?」


 アウグストが何とも言えない複雑な表情をした。まあ、アウグストの立場なら答えようがないだろう。


「悪い、変なこと言ったな」


  ルーシュは振り返って微笑んだ。

 研究棟の入口に来たところでルーシュは足を止めた。


「どうした?」


 アウグストが振り返る。

 ルーシュは少し言いづらそうに視線を逸らしてから口を開けた。


「……ええっと、ラインベルク家の件ってどうなった?」


 アウグストは一瞬呆然としてから口を緩めた。


「ああ、大丈夫。あっちは兄上が何とかしてる」

「兄上って……あの自由人の?」

「そう。だけど、安心しろ。あの人は自由だけど優秀だから……嫉妬するくらいに」


 いつもあっけらかんとしたアウグストの顔に影が差した気がした。それと同時に、触れてもいけない気がした。


「そっか、ありがとう」


 ルーシュは何もなかったように笑顔を作り感謝を告げた。

 そして、アウグストの背中を押して研究棟の中に入る。


「それより、遅れた研究を進めないとだもんな!」


 変わらずあり続けるその景色に、静かに身を溶かしていくように。

 いつもの研究棟の扉が、ゆっくりと彼らを迎え入れた。

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