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第二十一話 告発前夜

「おまえ、本気で言ってるのか?」


 ルーシュの部屋で二人は机を挟んで向かい合っていた。

 机の上にはユリウス司祭、そしてエルザから渡された書類が並べられていた。


「本気だけど。てか、それしか方法が思い浮かばない」


 二人は、ヴェルツ正教に関する重大な機密情報をどう扱うか議論していた。

 そこでルーシュが持ち出したのは、数日後に中央広場で開かれる王朝三十周年記念式典で、国王に直接進言するという突拍子もない案だった。


「おまえ馬鹿だろ?!国王が来るってことは、それだけ護衛もくる。変なことしたらすぐに撃たれるぞ」

「わかってる」

「わかってない!」


 そして話し合いは平行線を辿っている。


「じゃあアウグストは国王に会う伝手でもあるのか?」

「……ないけど」

「だろ?一般人が国の高位者、ましてや国王になんて会えるはずがない。投書なんかしてみろ、最悪この情報がもみ消されて終わりだ」

「そうだけど……」


 アウグストは反論できない。


「二人とも命懸けでこの書類を託してくれたんだ……僕が命を惜しんでどうする」


 ルーシュは机の上の書類を見つめた。その目には確かな覚悟が見えた。

 アウグストはしばらく黙っていたが、やがて溜息をついて両手を上げた。


「……俺の負けだ。降参」


 ルーシュは目を細めて、少しだけ微笑んだ。


「でも無駄死にはさせない。俺の作戦に乗って」


 そう言ってアウグストは広場の地図を取り出した。

 そして広場の中央神殿側を指差す。


「普段の式典どおりなら壇上はここ。で、国王と大教皇はここ」


 アウグストは手元にあった石を並べる。


「で、騎士はここら辺に待機」


 細かいネジを落としていく。


「普通に考えて、国王の前に出ようとする奴がいたらその時点で取り押さえられて終わり」


 アウグストはムスッとした顔をルーシュに向ける。何考えてるだよ、という本音が透けて見える。ルーシュも苦笑いで応じる。


「だから……」


 アウグストは胸元から小さな銀板を出して、口元を緩ませた。


「少し、目をくらませる」


 アウグストの作戦とはこうだ。午前中から始まる式典、前半は太陽が東側、つまり中央神殿の裏にある。広場は日陰となり過ごしやすいだろう。

 国王の挨拶が終わった後、一旦落ち着くタイミングで、中央神殿の向かいにある神学校に設置した銀板で太陽光を反射させ、騎士たちの目を一瞬逸らし、その間に国王に進言するというものである。


「それってまさか……」


 ルーシュは呆れた顔でアウグストを見る。


「そう、そのまさか」


 アウグストは満面の笑みで応える。

 そう。この間、研究員らに頼まれて、月光観測用の銀板を磨いたのである。なかなか骨の折れる作業だった。


「俺らが磨いたんだから問題ないだろ」


 軽く微笑みながらアウグストが答える。


「正直、進言できたからと言っておまえが無事でいられるかはわからない……今の国王は思慮深い賢明な方ではあると思うけど……」

「知ってるのか?」

「まあ、父上は仕事上、国王と接する機会もあるから……」


 そのまま黙るアウグストをルーシュはあえて問い詰めなかった。


「まあ、当日はそうするとして」


 ルーシュは話題を変えた。アウグストが顔を上げる。


「僕の心配なんかより、君に頼みたいことがある」


 アウグストがルーシュを見つめる。


「もし、この告発がうまくいったら……ラインベルク家の処罰を何とかできないかな?ロイエンタール家の力で」


 ルーシュの真っ直ぐな目を見て、アウグストはつい笑ってしまった。


「おまえ……自分の命が危ないかもしれないのに、そこの心配?」

「いや、だって……僕のせいでもあるし」


 ルーシュが視線を逸らす。


「いや、元はと言えば自業自得だろ?」


 とは言いつつ、ルーシュの本心はわかってる。


「わかった。最善は尽くす。おまえの大事な人に辛い思いはさせない」


 その言葉にルーシュは優しく微笑んだ。

 あとは当日のみ。沈黙が二人の覚悟を包み込んだ。

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