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第十八話 忘れられた面影

 あの時から、つい気がつくと上の空で、研究に身が入っていないのは明らかだった。

 教会に預けられた孤児として育ってきた自分が、実は前王朝の血を引いているかもしれないだなんて。そんな話、簡単に受け入れられるわけがなかった。

 ただ、一目に触れるなと言われ続けた琥珀のペンダントが、あの大時計にハマったとき、何だか妙に腑に落ちた。

 両親から唯一残されたもの。それが、自分を導いてくれたのかと。しかしそれと同時に、自分は何を託されて生まれてきたのか、という疑問が頭の中を回り続けていた。

 ルーシュの頭を悩ませているのはこれだけではない。

 ユリウス司祭の手紙に添えられていた『時告げ歯車』という不可思議な装置の概要書、そしてその開発に関わる研究員の名前とヴェルツ正教上層部の署名。

 つまり、ヴェルツ正教公認で、国に隠れてあの怪しい装置を開発しているということである。これは『謀反』と言われてもしようがないのでは……。

 いろんなことが一気に起こりすぎて整理ができていない。もちろん正しくないことが行われているのであれば、それを正したい。だが、自分はまだ学生に過ぎない。一歩間違えれば、全て揉み消され、命さえ危うくなるかもしれない。

 このすべてが、今、自分の手に委ねられている。責任が重すぎる。


(どうしたものか……)


 そんなことが頭の中をぐるぐる回りながら作業していたせいか――


「おい、ルーシュ。それじゃあ、一生実験始まらないぞ」


 向かいからアウグストが呆れたように声をかけてきた。

 ルーシュは手元を見て苦笑いした。真空容器の圧力をポンプで抜いていたはずだったが、よく見たらバルブが開いたままだった。こりゃ、いつまでも真空にならないわけだ。


「ごめん」


 ルーシュは今度はバルブがしっかりとしまっていることを確認してから、再びポンプを動かした。


「心ここに在らずって感じだな」

「悪かった、気をつけるよ」


 ルーシュは一度深呼吸してから気を引き締めた。



 今日の実験が一段落し、結果や考察をまとめているとアウグストが声をかけてきた。


「この後、空いてる?」

「大丈夫だけど、何で?」

「ちょっと付き合ってほしいところがあって」

「ふーん、わかった」

「入口で待ってる」


 そういうと、アウグストは先に研究室を出て行った。

 買い物とか図書館とかそんなところだろうと思い、再び視線を落とし、実験ノートをまとめた。



 研究棟入口に行くとアウグストが紙を一枚持って立っていた。


「何の紙?」

「いや、ちょっと」


 そう言うと、寮とは反対方向に歩き出した。中央神殿の裏側、学術技術院と聖務庁の建物を横切ると、王都の中心を走る大通りに出た。


「おい、どこ行くつもり?」


 ルーシュの声かけを無視してアウグストがどんどん歩を進める。

 聖務庁舎の先、大通りの突き当たりは――

 王宮だ。


「待って待って。王宮は入れないだろ?」


 そう言うと、アウグストが手に持っていた紙を持ち上げた。


「許可証持ってる」

「いやいや、何しに?」

「見せたいものがあるんだよ」


 そう淡々と答えるアウグストに観念してついていく。

 人生初の王宮は、外から見る以上に洗礼され、煌びやかでとにかく広かった。

 慣れているのか堂々と歩くアウグストから離れないようにすぐ後ろをついて行く。アウグストが向かう先は、王宮の本邸ではなく、庭園内の建物のようだった。

 しばらくすると、外からあまり見えない、塀と木々に囲まれた中に、小さいながらも重厚な建物があった。

 倉庫、といえば倉庫のようだけど、それにしては作りが重厚に見えた。

 アウグストが徐に鍵を取り出し、ドアを開いた。

 少しカビ臭い空気が抜けてくる。窓がないため暗くてよく見えないと思っていたら、アウグストが燭台を差し出した。


「……ここは?」

「宝物庫」

「……宝物庫。何でこんなところに?」

「ここに前王朝の遺物が保管されてる。ついてきて」


 言われた通り、中に入るアウグストについて行く。周囲を見渡すと、宝飾品の類や、前王朝の紋章が刻まれた剣や槍、王冠など、少し燻んだ中にも鈍い煌めきが宿っていた。

 奥に進んでいくと絵画が飾られていた。代々の国王の肖像画だと思われた。前王朝は百年以上続いた歴史ある王家である。時代を感じる肖像画を一つずつ眺めながら進んでいくと、前を歩くアウグストが立ち止まった。

 その目の先には一際大きく、華やかな絵画が飾られていた。太陽のように輝く笑顔の少女と、それを優しい眼差しで見守る男。二人の周りには、淡く、しかし丁寧に塗り重ねられた花々が描かれ、まるで二人を祝福しているかのようだった。


「歳をとってからできた子だったから、余計可愛かったらしい。存分に愛されて育ったんだろうな」


 アウグストがポツリと言った。

 ルーシュは額縁の下を見た。そこには『国王と王女』と書かれていた。

 ルーシュはもう一度絵画を見上げた。


(この人が僕の母親、そして祖父……)


 今までふわふわしていた想像が一気に具体化されてやっと地に足がついた気がした。


「別に、だから何だって思うけどね」


 ルーシュは絵画を見上げたまま話すアウグストの横顔に目を向けた。


「おまえは自分の生まれた意味とか、難しく考えてるだろうけど……こうやってただ愛されて育っただけだと思うぞ。親なんてみんなそんなもんだ」


 ルーシュは再び絵画に視線を戻し、まだあどけない少女の笑顔を見た。


「家柄も期待も地位も立場も、そんなこと気にしないで、自分が正しいと思う道を進めばいいと思うけど」


 そう言うとアウグストはルーシュを振り返り、にっと笑って付け足した。


「そうだろ?」


 ルーシュも自然と顔が綻び、二人で笑い合った。


「そうだな。胸を張って前を向ける自分でいられるように」


 ルーシュは戻る前にもう一度、その太陽のような笑顔に目を向け胸に刻んだ。

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