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第十話 正義の重み1

 ユリウス司祭はルーシュが出ていったドアをしばらくの間眺めていた。


「――皆が信じてきたものを、これからも信じられるために、か」


 息をひとつ、静かに吐く。視線を落とすと、無意識に強く握り締めていた拳があった。そっと力を抜き、背もたれに身を預ける。

 若者に諭される歳になったかと、自嘲気味に笑った。


***


 うちの家系は、代々、ヴェルツ正教学術技術院で特資管理官を務めてきた。

 特資管理官――その役割は、その名の通り、特別資料庫の管理である。そこに収められているのは、過去の軍事転用可能な技術資料、禁断の研究成果の数々。悪用を防ぐため、閲覧には厳格な制限がかけられていた。

 遥か昔。

 ヴェルツ正教がまだ「研究所」と呼ばれていた時代、初代管理官は、周囲の信頼を得てこの役を任された。

 以来、その血筋にある者が、ただ一人、代々受け継いできた。

 ――名誉というより、いまや重い枷だ。

 特資管理官は、自由を奪われる。原則、王都から出ることも禁じられる。背負わされているのは、誇りではなく、終わりなき監視と義務だった。


 そんなある日だった。

 学術技術院院長――ヴェルツ正教技術系統の頂点に立つ男――から、呼び出しを受けた。

 トントン。


「どうぞ」


 重苦しい空気が部屋に満ちていた。入室しただけで、嫌な予感が背筋を走った。


「……ご用件は?」


 耐えかねて口を開いたユリウスに、院長は短く言った。


「いやね、頼みがあってな」


 『頼み』。院長という立場から、命令ではなく頼み。嫌な予感が的中した。

 院長は一枚の紙を差し出してきた。


「こいつらを、特別資料庫に入れてほしい」


 ちらりと視線を落とすと、そこには十数名の研究員の名前。どれも、院長に近しい者たちの名だった。


「特別資料庫の閲覧には、国王陛下の許可が必要です」


 ユリウスはいつも通りの口上を述べる。

 『軍備に転用できる技術資料』とは、そのまま国防に直結する。もし漏洩でもしたら、国自体が傾く可能性がある。したがって、特別資料庫に入室するには書面にて国王に許可をもらった上でユリウスが案内することになっている。それは鉄の掟だった。

 院長がユリウスを厳しい眼差しで睨みつける。


「だから、『頼み』だと言っているであろう」

「……しかし」


 反論しようとすると、院長は冷たい笑みを浮かべ、紙の下段を指さした。

 そこには、聖務長官、そして――大教皇の署名が並んでいた。

 正教の信仰系統と技術系統の頂点、さらにその上の存在。事実上、ヴェルツ正教そのものの『頼み事』ということである。

 ユリウスは唇を噛み目を瞑る。どう考えても国王に隠れて軍備関連の技術を見ようだなんて穏やかでない。


「……目的は、何でしょうか?」


 少し掠れた声で最後の足掻きをした。院長はゆっくりとユリウスの全身を舐め回すように見る。


「目的だと?それを問うおまえに失望したよ、ユリウス」


 そして最後の言葉にユリウスは固まった。


「おまえの父親は、二つ返事で従ったというのに」


 ユリウスの額から一筋の汗が流れた。


(父もかつて……?)


***


 ユリウスは天井を見上げ、父の最後の言葉を思い出した。


「心は弱い。おまえは正しくあれ」

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