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第七話 王の沈黙

 王都の夕陽が沈みきった頃、重厚な扉が静かに開く。


 「失礼いたします、陛下」


 薄暗い執務室に、国王の側近が足音もなく静かに入ってきた。

 わずかな蝋燭の灯りが、文書の山と窓辺の男の横顔を浮かび上がらせる。

 窓辺には紫がかった結晶が小さな台座に据えられていた。代々、クロイツ家が好んできた深く、冷静で、感情に飲み込まれぬ者の色。


 「陛下、やはり正教上層部の動きが顕著になっています。地方の教会を経由した資金の流れや、人の移動が活発に。技術院の一部でも不穏な話が囁かれ始めました」


 側近は淡々と告げるが、その声の奥には僅かな緊張があった。

 クロイツ家現国王、フリードリヒ・クロイツは、報告に耳を傾けながら、窓の外の夜景に目を向けていた。

 王宮の高みから見下ろす王都は、無数の灯が星のように瞬き、まるで過去と未来が交差する天の川のようだった。


「……やはりか」


 低く呟くその声は、どこか愉しげですらあった。


「火種はくすぶり続けていたからな。あの者たちが動かぬわけがない」


 指先で、執務机の上に置かれた古い懐中時計を転がす。

 それは父親である二代目国王から受け継がれた時計であり、王である彼が常に手元に置いているものだった。

 パチリと、蓋が開く。淡い琥珀色の装飾が、揺らぐ蝋燭の光を受けて鈍く輝く。


(祖父上よ……なぜ、そこまで彼らに力を与えたのか)


 心の中でそう問いかけながらも、口元にはうっすらと笑みが浮かぶ。


「ただ弾圧すれば、かつての王と同じ轍を踏む。恐れれば、国を乱す。だが放っておけば牙を剥く。まったく、手を焼かせる連中だ……」


 側近がわずかに困惑した表情を浮かべる。

 だが国王は気にも留めず、からからと笑い声を洩らすと、懐中時計の蓋を閉じた。


「まあ、慌てることはないさ。」


 軽やかに机の上に時計を戻す。


「少し様子を見よう。時が来れば、駒は自ずと盤上に並ぶ」

「陛下……?」

「それまでは、こちらもじっくり構えるだけよ」


 そう言って窓辺を離れると、積まれた文書をひらりと片手でめくる。

 正教の資金流通図、技術者の動向、貴族たちの不満の記録——すべてがそこに揃っていた。


「まるで、良くできた時計じかけだな」


 歯車が噛み合い、回り出す直前の緊張感。

 国王はその全てを面白がるように目を細める。


「正教も、前王朝も、王家も。さて……最後に刻むのは、誰の時か」


 蝋燭の火が揺らめく中、国王の飄々とした声だけが静かに響いた。

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