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第五話 幽霊より怖いもの2

 翌日、ルーシュは部屋の構造や家具の配置、そして周辺の立地を入念に調べた。


「……どうにも、建物全体が揺れているわけではないな。特定の時間だけ、ここにだけ振動が伝わってるみたい」

「じゃあやっぱり幽霊の仕業かな……この前まではこんなことなかったのに、先日祖母が亡くなってからなんだ……。祖母が会いに来てるのかも……」


 その言葉にルーシュが反応した。


「それはいつ?」


 その勢いに驚きながらマティアスは答えた。


「……先月末だよ」

「先月末……」


 その言葉が引っかかった。そしてある光景が浮かび上がった。

 神学校の入口に掲示されていた、あの一枚の紙――『新車両 試験運用開始!』の見出し。

 数年前に導入された蒸気機関車は、冬の積雪による遅延や脱線が問題視され、改良が重ねられてきた。そして最近、馬力を強化し、雪をかき分けるスノープラウを装備した新型車両の試験運用が始まったと、確か書かれていたはず。あれは先月末ではなかったか。


(……そう言うことね)


***


 その日の夕方。学校の授業が済んでから二人は再びマティアスの部屋を訪れた。

 ルーシュはいくつかの振り子を手にしていた。

 部屋に着くとマティアスに落ち着いた口調で説明し始めた。


「ベッドが揺れる件だけど、君のおばあさまの幽霊ではないよ。それを説明するね」


 マティアスは安堵の色を見せながらも、まだ信用しきれないようだった。

 ルーシュは、細い糸に吊るされた振り子を何本か取り出し、机の上に設置した横棒に間隔をあけて並べていく。

 どれも似たように見えるが、微妙に長さが違うものも混ざっている。


「じゃあ、これを見ていてね」


 ルーシュはその中の一つ、中央の振り子を軽く押して揺らし始めた。左右に、ゆっくりとした周期で揺れる振り子。

 最初は、それ以外の振り子は静かなままだ。

 しかし――数十秒もしないうちに、隣に吊された一本が、わずかに、だがはっきりと揺れ出した。


「……動いた?」


 マティアスが小さく呟く。


「そう。この振り子と、今揺れ始めた振り子は、長さが同じ。つまり『同じリズム』で揺れるように作られてる」


 ルーシュはそう言って、両方の揺れ幅を指差す。次第に二つの振り子の動きは揃い、まるで見えない糸でつながれているように、ぴたりと同期して揺れていた。


「この現象を『共振』と言うんだ。最初に揺らした振り子のエネルギーが、棒を通して他の振り子にも伝わる。でも、その中で『一番受け取りやすいリズム』を持ったやつだけが、それに合わせて揺れ出す」


 そして、ルーシュは別の、長さの異なる振り子に目をやる。


「一方で、長さが違う振り子はリズムが合わないから、揺れたとしてもほんの少し。すぐに止まってしまう」


 確かに、他の振り子はかすかに揺れても、すぐに動きを止めていた。


「つまり、あのベッドも、偶然『揺れやすいリズム』が蒸気機関車の新車両による振動と合ってしまったってこと。日曜に揺れないのは、列車が走っていないから」


 その説明にマティアスは言葉を失った。しかし、そこは神学校に通う学生である。なるほど、と振り子をいじり始めた。

 それを見てルーシュは床にしゃがみ込み、ベッドの脚の下に柔らかい木片を噛ませた。


「固有振動数を少しずらせば、揺れることはないよ。これで今夜からは、静かに眠れる」

「ふふ、おばあさまでなくて残念」


 横で見ていたアウグストが微笑んだ。

 マティアスが安心したのを見て、二人で部屋を後にした。


「こんな簡単に解いちゃうとはねぇ」


 そのセリフにルーシュはアウグストを振り返る。


「おまえ、この原因分かってたんじゃ?」

「え?なんのこと?」


 なんとも読み取れない表情でケラケラ笑う。


「少しは気分転換になったでしょ?」


 そうまっすぐ見つめてくるアウグストに観念して苦笑いした。

 夜の廊下に、振り子の揺れる余韻が、まだどこかに残っている気がした。

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