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第二十七話 春嵐の兆し1

 春の風は、冬の名残を追い払いながら、時折、荒々しく村を吹き抜けていた。畑では、耕された土が日に照らされ、芽吹きの準備を進める農民たちの声が響く。

 教会では、ルーシュが本格的に進学に向けて学ぶようになっていた。

 そんな結婚式の喧騒からしばらく経った、ある朝のことだった。


「すいません、水車の調子が悪いのですか見ていただけませんか?」


 一人の村人が慌てた様子で駆け込んできた。


(水車か……つい先日点検したばかりだったはずだが…)


 水車は農村にとって欠かせない設備である。脱穀や織物など、多岐にわたる作業を支える共用の力。

 教会と役場が定期的に点検し、村の暮らしを支えていた。


「珍しいな、水車の不調なんて」


 工具をまとめるルーシュに、ルドルフが声をかける。


「ネズミでも入り込みましたかね」


 ルーシュは軽く笑って答えた。

 色々な用途に使用する水車といっても、時計に比べたらずっと単純な構造をしている。軸受や摺動部の確認さえ怠らなければ、そうそう壊れるものではない。



 エミール、ルドルフ、ルーシュが水車小屋に到着すると、すでに村人たちが集まっていた。


「来ていただきありがとうございます。朝は動きづらい程度だったんですが、今はもうこんな状態で…」


 困ったように村人が肩を落とす。

 流れ込む水は勢いを保っているのに、水車はまるで意地を張るかのようにぴくりとも動いていなかった。


「ちゃんと水が流れているのに、完全に停止しているなんておかしいな。ちょっと中を見させてもらうよ」


 ルドルフが首をひねりながら小屋の中へ。ルーシュとエミールも後に続く。

 内部をひととおり点検していくと、ルドルフが低く呼びかけた。


「おい、ルーシュ。ここ、見てみろ」


 ルーシュはルドルフが指差す壁の方に近づく。そこには水車の回転軸の軸受があった。


「……これは?」


 ルーシュが軸受の内側に指を入れると、細かい鉄片が詰め込まれていた。それだけではない。何だかねっとりしたような固体とも液体とも言えないものが指先にまとわりつく。


(何だこれ……?)


 ルーシュが指を眺めているとルドルフが答えた。


「これは天然ゴムから作った接着剤だな」

「…接着剤?」

「ああ。この辺ではあまり見ないけど、革製品を作るときにはよく使う」


 そう言ってから、ルドルフが表情を曇らせる。


「つまり、子供の悪戯ではないってことだな」


 そのセリフに季節外れのひんやりとした風を感じた。

 他にも不審な点がないか三人で確認していると入り口から声がかかった。


「遅くなりました!」


 息を弾ませて役場の者が駆け込んできた。水車の停止は生活に関わる。何とかしようと、役場の人間が水路台帳や水車の設計図を持ってきたのである。


「ありがとうございます」

「どんな状態ですか?」

「いやはや、それが……ちょっと面倒なことになってまして……」


 問題を大きくするのも良くないと、ルドルフがはっきりしない受け答えをしているとエミールが口を挟んだ。


「すいません。皆さん一緒に来られたのですか?」

「……?はい、そうですが。何と言っても水車が動かないのは、村の死活問題ですから」

「では、今役場には誰が?」


そう聞くエミールの顔が少し青く見えた。


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