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第五十二話 琥珀に刻む誓い

 傾き出した日が窓から差し込み、住み慣れた部屋を照らす。

 ルーシュは閑散とした部屋を眺めて一息ついた。


「やっと終わったか」


 例の件で村に向かう道中、蒸気船の中で自分で陛下に直々に進言したことが形になろうとしている。

 陛下は前王朝の末裔である自分に、それなりの地位を与えてくれた。王家としては脅威となるかもしれない自分に。陛下の判断に感嘆せずにはいられない。

 時告げ歯車に関する一連の件で、ずっと知りたかった自分の出自について、やっと知ることができた。自分の両親が誰なのかも、なぜ教会で育ったのかも。

 正直、明らかになった因縁は、軽いものではなかった。

 本国の王家として長い間君臨し続けた家、忠誠心の強い臣下を抱えた家、クロイツ家との厚い親交を築いた家、ヴェルツ正教から恨まれた家。

 だが、それら全てがついに明るみに出され、区切りがついた。

 

 ルーシュは、木箱が並んだ床に腰を下ろし、琥珀のペンダントを取り出した。

 自分がレオント家の血を継ぐ者であるという自覚は正直あまりない。

 ルーシュはペンダントを握りしめた。ずっと両親が見守ってくれている気がして、このペンダントを近くに置いてきた。でも──


「僕は、自分が育ってきたあの村を、あの教会を誇りに思ってる」


 ずっと孤児として育ってきたルーシュは、司祭であるグランツの姓を名乗ってきた。ルーシュ・フェルナーと。しかし、レオント王家の血やシュタルク公爵家の血が流れているとわかった今でさえ、『フェルナー』と名乗ることを決めた。血よりも、大事なものだと、そう考えたから。


「ルーシュ!準備できたかー?」


 扉を勢いよく開けたアウグストが尋ねる。


「うん!もう運べるよ!」


 陛下との話の末、新たな機関の設立に加わることになったルーシュは、学術技術院の教員寮からは退去することになったのである。アウグストが、引越しにあたって馬車や人手を出してくれた。


「なんだか、ちょっと寂しいな」


 アウグストが、空になった部屋を振り返り呟く。

 この部屋で、何度語り合ったか。ルーシュは隣に立って答えた。


「そうだな。でも、前に進んだってことだよ」


 そして、二人で目を合わせて微笑んだ。

 ──前に進む。

 ルーシュはその言葉を自分自身にも焚き付けた。そう、もう一つ、ちゃんと区切りをつけないといけない。

 

 数日後。

 ルーシュは、エルザを村の教会に呼び出した。

 午後の斜めの陽光がステンドグラスを透かし、祭壇の振り子時計を色彩豊かに染めている。静かな聖堂には、振り子が時を刻む音だけが響いていた。

 ルーシュは祭壇の前で膝をつき、深く祈りを捧げる。


(どうか、この巡りゆく時を見守っていてください)


 祈りを終え、そっと瞼を上げたとき。聖堂の扉が軋む音と共にゆっくりと開いた。振り返ると、淡い光に包まれたエルザがそこに立っていた。

 静かに歩みを進めてきたエルザは、聖堂の中央でふと足を止め、懐かしむように口を開く。


「なんだか……あの時を思い出すわね」


 視線をめぐらせる彼女の瞳が、過ぎ去った季節を映すように優しく揺れる。

 ——あの時。

 エルザの縁談が決まったあと、ふたりで静かに言葉を交わしたあの聖堂。ルーシュの胸にも、その記憶が鮮やかによみがえった。潤んだ瞳で必死に笑っていた彼女の姿が胸を熱くする。


「で? こんなところに呼び出して、どうしたの?」


 エルザが軽く肩をすくめる。その問いに、ルーシュは一歩踏み出し、彼女のもとへと歩み寄った。

 そして、彼女の前で静かに膝をつく。

 驚いたようにルーシュを見下ろすエルザの視線を受けながら、ルーシュは胸元からひとつの小さな箱を取り出した。

 蓋をそっと開ける。その中に納められていたのは、琥珀の中に二羽の燕が彫られた指輪だった。陽光を受けた琥珀が、まるで時の雫のようにきらめく。


「……エルザ」


 ルーシュはまっすぐに彼女の瞳を見つめた。


「僕と共に、時を歩んでほしい」


 声は震えず、静かに、けれど確かな決意を込めて。

 エルザは思わず手を口元に寄せ、息を呑む。瞳が次第に潤み、やがて微笑みがこぼれた。


「……もちろん」


 ルーシュはふっと緊張を緩め、優しく指輪を彼女の指にはめる。その手を握りしめたまま、彼女を力強く抱きしめた。

 抱きしめた腕の中で、エルザも静かに息を吸い込む。

 しばらくしてルーシュが腕を緩めると、ふたりの視線が自然と重なり、どちらともなく笑みがこぼれた。

 幼いころから変わらない、けれど少しだけ大人になった屈託のない笑顔。ルーシュの胸が温かく満たされていく。


「エルザ」


 ルーシュは静かに名を呼ぶ。エルザも優しく顔を上げる。ふたりの距離がゆっくりと縮まる。

 ルーシュは彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。

 その瞬間。ふたりの歯車がようやくかみ合い、一緒に動き出したようだった。

 祭壇の振り子が、静かに時を刻む。重なるふたりの影が祭壇の時計まで伸び、まるでふたりの新しい時間を、確かに刻んでいるかのようだった。

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