第四十九話 君に夢を語った日〜アデルハイトの記憶〜2
装置の開発が軌道に乗り始めたあるとき、アデルハイトは久しぶりにルネを王宮に呼び出した。
王宮の中庭でルネを待つ間、なんだかいつもより鼓動が速くなっているように感じた。自身の行動にルネは今でも賛同してくれるだろうか。不安と期待に胸を躍らせていると、懐かしい影が見えた。
「ルネ、よく来てくれた」
「どうしたの?珍しいね。何かいいことでもあった?」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「……うん。いいことかどうかは、まだ分からないけど」
二人は、昔のように並んで腰掛けた。
「なあ、ルネ。昔、塔の上で話したこと、覚えてるか?」
「もちろん。……国を良くしたいって」
「そう。それを、今……ようやく始めようとしてる」
ルネが自分の言葉を覚えてくれていたことに喜びを感じた。
「ルネ……いつか、もう少ししたら、ちゃんと全部話すよ。そのときは、また隣で夢を見てくれるか?」
少し不安だった。王家と貴族は立場が違う。子供の頃のように、ただ純粋に想いを口にできるわけじゃない。ルネにはクロイツ領を治める責任がある。
しかし、そんな不安を抱く暇のないほどすぐに彼は笑顔を見せた。
「当たり前だよ。僕は君の右腕なんだから」
自然と口が綻んでいた。君はいつでも僕のほしい答えをくれる。
***
「──おまえが、あの装置に関わっていると聞いた」
ある夜、父の執務室に呼び出されたアデルハイトは、静かに首を縦に振った。
「はい。ヴェルツ正教より申し出があり──」
「ふざけるな!」
父の声は、壁が震えるほど響いた。静かな王であるはずのその人が、声を荒げたのは、初めてだった。
「民の『時』を操るなど、神をも騙す所業。それを喜々として受け入れるとは、王族の名を汚す行為だ!」
アデルハイトの言葉は出なかった。まるで、小さなころの自分に戻ったようだった。
「おまえは……民の上に立つ資格がある者だ。そのおまえが、民の『自由』を手のひらで転がそうとするのか?」
「……違う、僕は──」
(この国の未来を明るくしたかっただけ……)
言い訳のように言いかけた声は、父の眼差しに掻き消された。
「今すぐ開発を止めろ。装置は解体し、ヴェルツ正教から引き離せ」
「父上……!」
「そして、あの教団にはこれ以上、教育の場を与えるな。民の心を奪われては、もはや統治とは呼べぬ」
それが、父の決断だった。アデルハイトは抗うことができなかった。
***
革命の日、宮廷は荒れていた。
王家に反旗を翻したのは、ヴェルツ正教の私兵と、国軍の一部──そして、クロイツ家の軍勢。
玉座の間にて、フェルディナント国王は静かに窓の外を見つめながら告げた。
「……ヴェルツ正教が兵を出したか。静かにしていると思っていたのだがな」
「……父上……申し訳ございません」
「いや。私も野放しにしすぎた。すべて後手に回ってしまったな……出陣の指揮はクロイツ家が取ったらしい……もう抑えられないところまできていたのだろう」
(クロイツ家……嘘だろ?……ルネ……)
アデルハイトはその言葉を聞き呆然とする。それを察したのか国王は声を抑え、自らも苦しむような表情で口にした。
「人の上に立つものは時として友をも裏切る選択をしなければならないときもある。自らが望んでいなくともな」
アデルハイトは、何も言えずに拳を握りしめていた。もはや、言葉という形にすることができなかった。
「アデルハイト」
父の声が、まっすぐ胸に響いた。
「おまえは、王族として生まれ、王族として育ってきた」
その言葉に、アデルハイトは父を見つめ返した。
「──最後は、王族として責任を取れ」
『責任』という言葉が、まるで鋭い刃のように心を切り裂いた。意味は、わかっていた。わからないほど、愚かではない。だが、意識を無視して震え出す体を抑えることができなかった。
「ち、父上……」
かすれた声が喉の奥から漏れた。まるで幼子のように。その震えを、父はそっと抱きとめた。どこまでも静かで、温かい腕だった。
「大丈夫。私はおまえと一緒だ」
その声は、変わらなかった。もう声を出すことはできなかった。涙は止まらず、嗚咽も堪えられなかった。ただ、その父に、しがみつくしかなかった。
***
広場は普段では考えられない喧騒で満ちていた。想像していたよりも落ち着いている自分に驚く。
覚悟が決まった、なんて言えば格好がつくが、そんな大層なものではない。ここにあるのはただの『見栄』である。
自分の愚行によって争いを生み、民に、臣下に、そして父にも友にも顔向けできない。王族の馬鹿息子とでも揶揄されているだろうか。
アデルハイトは軽く息を吐く。
(最後くらい見栄を張らせてくれ)
台の上にあがり空を見上げる。一面、雲のない晴れ渡る青空だった。あの塔から見た景色と重なった。あの無限に広がる未来を夢見ていた日と。
(……ルネ……ごめんな)
そして、刃が振り下ろされた。




