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第三十六話 微かな赤、確かな白2

 翌日、ルーシュは王都の中心部から伸びる街道の一つに降り立った。

 王宮の正門から放射線状に伸びる街道。正門から真っ直ぐ正面に伸びる大通りは、王都内で最も広く、王室の役所、裁判所、ギルドの本部、王立銀行など威厳のある石造りの建物が並ぶ。王室のパレードなども行われるため、道の広さも相当のものだが、外観も綺麗にガス灯や街路樹が並ぶ。

 この大通りを中心として、南北にそれぞれ、放射線に広がる街道が走る。北側の街道は神学校や中央神殿から始まり、ヴェルツ正教関連の建物が多く、その街道から逸れた横道には、正教関係者の住居も多くある。

 南側の街道には、富裕層や貴族向けの流行の衣装店、宝石商、高級馬具店、稀覯本を扱う書店などが軒を連ねる。それらに隣接して、社交界の集いの場となるサロンやカフェも点在し、情報交換の場ともなる。

 ルーシュは今日、この南側の街道にある宝飾店の前に来ていた。


「ルーシュ」


 聞き慣れた声に振り返ると、久しぶりの出立ちのアウグストがいた。


「……正教の黒衣できたのか?」

「ああ。変に構えられても困る」


 アウグストが両手を広げて、その姿を見せる。神学校を卒業してからは、貴族の装いしかしてこなかった彼は、久々に羽を伸ばせるようで、何だか嬉しそうな顔をしている。

 今日は、昨日話題に上がった永久磁石の職人を訪れる予定となっている。確かに、公爵家の者が突然訪れたら、変に勘繰られてしまうかもしれない。学術技術院の研究者であれば、付き合いも長い。気軽に話をしてくれるだろう。


「あれ?いつもの護衛は?」

「流石にこの格好に護衛つけてたら不相応だろ?彼らの服装にもロイエンタールの紋章入ってるし」

「まあ、そうか。じゃあ、アウグストも乗合馬車で来たの?」


 王宮から東に伸びる放射線の街道とは別に、王宮正面から西側に環状の大きな通りがある。その通り沿いと、通りの内側が、所謂高級住宅街である。貴族や豪商の広い邸宅が立ち並ぶ。そして、その環状路の西の端にロメル川の分流であるオルディア運河が接している。王都にも物流拠点を置くロイエンタール家の別邸は、その西の端にある。つまり、ここまでは、それなりの距離がある。


「ああ……ほら、うちって隣に倉庫あるだろ?そこから出る荷馬車に便乗させてもらった」


 少し居心地の悪そうに答えるアウグストに、ルーシュはしたり顔を向ける。


「ははーん。それが昔からのおまえの逃亡ルートってことね」

「……まあね」

「まさか、今日、無断で来たのか?」


 アウグストは答えず、ただ目線を逸らした。ルーシュは少し呆れた顔をしてから一息ついた。


「じゃあ、早めに済まそう」


 そういって、街道から伸びる小道に一歩踏み出した。

 街道から枝分かれするように、無数の小道が広がる。このような小道沿いには、工房や住宅が密集している。永久磁石の工房は、製造時に熱処理や多少の鍛治作業が必要になるため、煙や騒音の観点から小道の奥の方に位置している。

 ルーシュとアウグストは、質素な木造りの建物の前にたどり着いた。煙突からは煙が昇っており、現在作業中であることがわかる。ルーシュがゆっくりと扉を開けると、むわっと熱気が漂う。


「今、個人の注文は受けてないぞ」


 扉を開けた瞬間、中から男の声が響いた。部屋の中央に置かれた机の前に座る男が、鉄の棒をヤスリで削っていた。彼が職人のようで、部屋の奥にある小さな炉で作業する青年が弟子のようだった。

 職人が顔を上げた。


「ああ、正教の方かい」

「突然失礼します。学術技術院のルーシュ・フェルナーと申します」


 アウグストもそれに倣って挨拶をする。


「ああ、学術技術院の……。納期が遅れて申し訳ない。ちょっと、炉の機嫌が悪くてね」


 職人は迫力のある顔を緩めて頭を掻いた。


「……そうですか」

「ちゃんと品質を満たした製品をお届けするので、もう少しご容赦ください」

「いえ、こちらこそ突然お邪魔して申し訳ございません」


 ルーシュは一礼した後、初めて見る永久磁石の工房を見回した。

 机の上に並べられた金属加工の工具。その隣に並んだ黒くゴツゴツした天然磁石。そして、壁沿いの棚には、完成した永久磁石が収められていると思われる木箱が並んでいた。

 ルーシュは、自身の横にある加工前の鉄材に目を向けた。


(焼き入れすると青っぽくなるんだな……)


 何気なく手を伸ばすと、バリに指が触れ、ほんの少し削られる。


「痛っ」

「おいおい、勝手に触って怪我なんかするなよ」


 職人は近くの布をルーシュに投げた。


「拭いたらそこに置いてっていいから、そろそろ帰りな。興味があるなら、弟子ならいつでも募集してるぞ」


 職人はカラッと笑った。ルーシュとアウグストは、お礼を告げ、その場を後にした。

 工房を出て、街道への小道を並んで歩く。


「炉の調子が悪いって言ってたな」

「ああ」

「じゃあ、考えすぎだったかな」


 アウグストはその言葉には返事をせず、少し考え込んでいた。


***


 ヴェルツ正教の黒衣を着た青年二人が扉を閉めてすぐ、奥から一人の男が顔を出した。


「黙っていていただきありがとうございます」

「別に、お礼言われるほどのことはしてねぇよ」


 職人は加工作業を続けながら答える。しばらく、金属の擦れる音と炉の燃える音だけが響く。


「……別に俺たちは国王が誰だっていいんだよ。レオントもクロイツも、どっちの肩を持つ気もない。ただ……今まであんたらと、長らく付き合いがあった事実は信用してる。こういう商売は、そういう人との繋がりが大事なんだよ」


 職人が少しぶっきらぼうに言い捨てたその言葉に、レオンハルト・エーベルトは深く頭を下げた。

 そして、レオンハルトは、静かに先ほどルーシュが指先の怪我を拭った布の元へと足を進める。布を開くと少量の血が付着していた。レオンハルトは懐から小瓶を取り出し、その布に粉を振りかけた。

 青白く光るその光に、一筋の雫が流れた。

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