第三十五話 微かな赤、確かな白1
二人はいつもの机に向かい合って座っていた。
神学校が夏季休暇に入ったのをいいことに、アウグストが毎日訪ねてくるようになった。本当は、この休みの間に滞っていた研究を少しでも進めたかったが、まあ、そうも言っていられない状況ではあるので、気持ちを切り替えて、今はこちらの設計図に没頭することにした。
アウグストが手元の概要書をそっと掲げる。
「外観は似てたけど、やっぱり別物だったな」
「まあ、最初から疑問だったからな」
ルーシュが中枢部の部分組立図を指差す。ルーシュが指差した先には、中枢シャフトの断面が示されており、そのシャフトは最内層から順に『銀-鉛-鉄』が採用された三重管構造を成していた。
「ほら、この中央軸、鉛と鉄はいいとして、銀は国家管理資材だからヴェルツ正教が秘密裏に仕入れることは無理があるだろ?実際、あの装置も、中央軸は三層とも同じ鉄か合金が使われていた」
「……銀、か」
アウグストは、その図面に見入ったまま、小さくそう呟いた。
「どうかした?」
「あ……いや、何でもない」
アウグストがハッとして顔を上げる。ルーシュは少し青ざめたアウグストの顔を確認しつつ、話を続けた。
「あと、ここ」
ルーシュは同じ図面の別の箇所──シャフト上部に嵌まる琥珀製の受容皿を指し示した。
「前にアウグストも言ってたけど、今この国で琥珀って全然出回ってないだろ?国家管理で輸出だけしてるのか……?」
「ああ。現王朝になってから、一度完全に規制されたから、今もほとんど輸出用だな。加工も難しいし、宝飾品に使われることがほとんどだから、国で契約してる職人が専門的に加工して輸出してる。だから、ヴェルツ正教が手に入れるのは難しいな」
ルーシュは納得するように静かに頷く。
「あの装置では、ここはガラスだった」
「……つまり、あの装置はこの図面の劣化版、ってことか」
「でき合わせで再現したって感じだな」
しばしの沈黙が流れた。最も可能性の高い仮説を二人とも頭に浮かべてから、口にしようか迷った。
アウグストが視線を彷徨わせていると、ルーシュが軽く笑った。
「言いづらそうだから、僕から言うよ……つまり、この装置はレオント家とヴェルツ正教で共同開発していた。だけど、レオント家側がそれを裏切ったのか、元々利用しただけなのか、ヴェルツ正教を弾圧し始めた。だから、正教はクロイツ家を騙すなんて危ない橋を渡ってまで革命を仕掛けた──そう考えれば、辻褄が合う」
ルーシュが少し苦い顔をして視線を落とした。レオント家として育ったわけでなくても、自身の親族のこんな話、考えたくはない。
アウグストは、ルーシュの表現を見てから、話題を変えた。
「……何にしても、この図面に描かれている本物の装置が、今は遺臣の手に渡ってる可能性が高いな……」
「……何でそう思う?」
ルーシュが顔を上げ、怪訝な表情を見せる。
「……レオント家の王太子が関わっていたことは確かだから、もし隠したのであれば、遺臣はそれを知っている可能性が高いだろ?」
「……まあ……可能性としては無くはないな。僕もちょっと気になっていることがあって」
そういうと、ルーシュは図面を一段高く積み直し、シャフト下部の機構を指し示した。そこには『磁気ロック機構(鉛シールド内に封じられた永久磁石)』との注釈が記されていた。
「それがどうかしたか?」
「少し前から、学術技術院で仕入れている永久磁石の納期が遅れてる」
アウグストが顔を上げる。その顔を見て、ルーシュはゆっくり頷いた。
「……誰かが、集めてるのかも。まあ、永久磁石は職人が一つずつ手作業で作ってるから、ただの体調不良とかもあり得るけど……」
「確認しに行く価値はあるな」
二人の目の光がピタリと一致した。




