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第三十話 夜の謁見2

「こんな時間に約束もなく困ります」


 案の定、部屋前の護衛に止められた。一応、王女付きの護衛が説明してくれているが、陛下付きの護衛が従う義理はない。


「何用で?」

「いやあ、久々に王都に来たのでご挨拶に」

「いくら公爵殿下のご子息でもこのようなやり方は……」

「どうした?」


 扉前で揉めていると、室内から声がかかった。護衛たちが瞬時に背筋を伸ばす。一人の護衛が少し扉を開けて説明する。


「陛下、申し訳ございません。突然の来訪者がございまして……」

「来訪者?」


 その隙間を逃すまいとエミールは声をかける。


「お久しぶりです。南方のいいワインが手に入ったのでご一緒にどうかと」

「おまえか……よい、入れ」


 エミールが室内に入ると、護衛が後ろからついてくる。安全面から、国王陛下の謁見に護衛が立ち会わないことはない。だが、いないに越したことはない。


「できれば二人きりがいいのですが?」

「私に男色の気はないが?」

「はは、存じております。監視付きのお酒は味が落ちて勿体無い」


 フリードリヒ国王は、エミールの顔を少し観察してから頷いた。


「おまえたちは外で待機していろ」

「いや、しかし…」

「問題ない」


 護衛たちは不満げな顔をしつつも、命令に従い退出した。


「寛大なるご配慮、感謝いたします」


 エミールは改めて陛下の前で一礼する。


「……で、人を捌けさせて何の用だ?」

「そうお急ぎなさらず。このワインが美味しいのは本当なので」


 エミールは革袋からワインを取り出し、奥のチェストからグラスを持ってくる。エミールが準備している間、フリードリヒはワインのラベルを繁々と眺める。


「見たことないワインだな」

「最近南国の方から仕入れたもので。交易品からちょっと拝借してきました」

「ふっ、職権濫用だな」

「献上品になるなら問題ないでしょう」

「自分も飲むくせに」


 会話をしている間に準備が終わりグラスを並べる。


「それでは、毒味がてら一口いただきますね」


 エミールがワインを口にする。南国独特の芳醇さが広がる濃厚な味わい。


「これはチーズが食べたくなりますね」

「流石に出てこないぞ」

「はは、おねだりじゃありませんよ。ただの感想です。次はチーズも持ってきます。ほら、陛下もどうぞ」


 促されフリードリヒも一口飲む。


「ほう。果実の風味が重厚だな」

「でしょう?」

「事前に来ると言っておいてくれればチーズくらい用意させたのに」


 フリードリヒも自然と顔が綻ぶ。エミールとフリードリヒは別に仲が良いというわけではない。身分も違うし、立場的にはどちらかというと馴れ合わない方がいい。強いていうなら昔馴染みといったところだろうか。

 幼い頃から連れ出された式典やらパーティーやらで毎度顔を合わせる相手。歳が近かったため、言葉を交わしたこともあった。まあ、その程度である。なぜか、妹の方には懐かれたが。

 二杯目を飲み終わる頃、フリードリヒが口を開いた。


「そろそろ、本題に入らないのか?」

「そうですね。では、単刀直入に」


 エミールはグラスを机に置き、姿勢を正す。


「うちの弟を随分自由にご利用いただいてるようで」

「ふっ、そんな弟に関心があるとは知らなかったな」

「まあ、弟自体というよりは、面倒事にロイエンタールを巻き込まないでいただきたい」


 フリードリヒが目を細める。


「アウグストから何か聞いたか?」

「詳しいことは特に。そもそもあなたも話していないでしょう?」

「あいつはもう、自分の意思で動いていると思うけどな」

「そう仕向けたのでは?」

「いや……まあ、想定以上に人間らしかったな。おまえと違って」


 エミールは苦笑いを浮かべる。


「そもそもアウグストを差し向けてきたのはおまえの父親だぞ?」

「まあ、あの人は鼻が効きますからね。きな臭いのを察して色んなところに布石を打つんですよ」


 そして一息ついて続ける。


「でも、ここは辞めといた方がいい、と私の勘が言ってるんですよね」

「ふっ、似たもの親子だな」


 フリードリヒが手にしていたグラスをぐるぐるとゆっくり回す。綺麗な赤がグラスを舐めていく。


「わかった。アウグストには手を引かせよう。今となっては、この件にロイエンタールが関わると、こちらとしても面倒だ」

「ご理解感謝します」


 エミールは持ってきた革袋を手にし立ち上がった。


「まだ残っているぞ」


 フリードリヒがワインのボトルを指差す。


「ぜひ明日にでもチーズと一緒にお楽しみください」


 エミールが一礼して扉に向かうと、フリードリヒがそれを呼び止め、小さなため息をこぼした。


「あまりアンナを利用するな」

「はは、存外、妹想いなんですね」

「おまえよりは人間臭いんだよ」


 その言葉に自身に刻み込まれた桎梏(しっこく)を感じ、エミールは身体が幾分か重くなった気がした。『利用せざるおえなかった』なんて、ただの体のいい言い訳でしかない。結局、利用して然るべきと考えていたに過ぎない。

 その言葉が心に深く沈み込んだことを察されないように笑顔を崩さず言葉を返す。


「もう致しませんよ。次はちゃんとした手続きを踏んで参ります。それでは」


 扉を出ると、国王の護衛だけでなく、案内してくれた王女の護衛も待機していた。


「お帰りですか?」

「ええ、無理言って悪かったね」

「では、門まで送ります。何かあってはこちらも困りますので」


 護衛について、月明かりが差し込む廊下を歩く。


(これで、ロイエンタールへの影響はなくせたか……)


 胸を撫で下ろしたのも束の間、脳裏に浮かぶ好奇心旺盛な顔に苦笑いを浮かべる。


「頼むから、余計なことはしてくれるなよ」

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