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 スライムはいくつもの世界を渡りながらあらゆるものを取り込んでいった。際限なく摂取を続けて肥大したスライムは、自らの意思で動くこともできなくなっていた。そんなスライムが時と空間の流れに乗って最後に辿り着いたのは、永遠に続く暗闇。空間も時間も、何も無い世界だった。


「……おなか……へったなぁ」

 何も感じられない無の中でも、空腹を感じていることに気づいたスライムは少しだけ安心していた。激しい空腹感はスライムの意識を少しずつ奪っていく。自身の終わりが近づいているのは明らかだった。しかし、その顔には幸せそうな笑みが浮かんでいた。

――さあ、いっしょにいこう。

 友達の声が聞こえた。もう顔も思い出せないけれど、確かに消えずに残っている楽しかった思い出。そして、それが壊れてしまった苦しみの思い出。

「はは……みんな……ほんとに、また、あえたね」

 暗闇に包まれ、もはや自分が目を閉じているのかすら分からない。その闇の中に、一人の影が映った。

――すらいむちゃん、だいじょうぶだよ。

 少女の声が聞こえた。もう名前も覚えていないけれど、確かに消えずに残っている幸せだった思い出。短かったけれど、かけがえのない彼女との思い出。

「やっと、かえって……きて、くれたんだ……ね」

 少女はスライムを抱きしめた。スライムが彼女を取り込んだあの時のように、ゆっくりと。優しく。

――わたしもすらいむちゃんも、みんなも、もうひとりぼっちじゃないんだよ。わたしたちはみんな、ずっといっしょだよ。

「ずっと、いっしょ――」


 その直後、スライムの肉体は急速に膨張を始めた。長い年月を経て蓄えられた膨大なエネルギーは、既にこの肉体に留められるものではなくなっていた。純粋なエネルギーの塊が不要となった入れ物を破って外へ飛び出そうとしていた。圧力に耐えきれなくなった肉体に亀裂が生じたかと思うと、それは瞬く間に全身に広がり爆散した。

 ビッグバン――これが新たな宇宙の誕生だった。

 スライムの肉体を飛び出し、無の空間に散った小さな粒たちは互いに引き合い、ひとつになり、最初の星を生み出した。次々に生まれた星たちは銀河を造り、その姿を失っては集まり、惑星へと生まれ変わった。その星の一つ、まだ名もない星に原初の生命が誕生した。それらはいつしか星を埋めつくし、多様に姿を変え、滅亡と誕生を幾度も繰り返しながら命を紡いだ。


 遠い未来、あるいは遠い過去。


 果てしなき螺旋の果てに――。


 どこかの国のどこかの町で響く産声。

 病院のベッドで微笑む母親は、腕の中で眠る小さな命を愛おしそうに見つめながらふと考える。この子がこれから見て、聞いて、知っていく世界の事を。この子が生きる未来のために自分は何を伝え、残せるのだろうか、と。

 そこへやってきた一人の男性。彼女の夫であり、この子の父親である男。彼は愛する者たちの姿を見て目元を緩ませた。こんな時間がいつまでも続いてほしい彼はそう思った。


 *


 かくして、世界を喰らったスライムの物語は自らの消滅をもって終幕を迎える。けれど、その発端となった他者との共生を願う思いはこの世界をいつまでも満たしていくことだろう。かつてはスライムであり、彼女であった者たちの出逢いにあふれたこの世界を。

 

 生命の持つ記憶のはるか以前、遺伝子や原子、あるいは宇宙そのものに記憶があるのなら、そこにはどんな思い出が宿っているのだろうか。


 その答えが、記録に残されることはない。

お疲れ様でした。

ありがとうございました。

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