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「ミサキちゃん、ずっといっしょだよ」


 そうつぶやくと、スライムは眠りに落ちた。

 スライムは夢を見ていた。彼女と一緒に仲良く遊ぶ夢。色んな遊具で遊んだり、追いかけっこをしたり、楽しい時間が流れた。やがて日は暮れ、五時のチャイムが鳴り出す。


「私、帰らないと」


 そう言って立ち去ろうとする彼女を、スライムは引き止める。


「ずっといっしょっていったじゃない!」

「すらいむちゃんのことは大好きだよ。だけど、お父さんやお母さん、お友達にも会いたいから……」


 それだけ言い残すと、彼女は走り去っていった。少しずつ小さくなっていく影を必死に追いかける。だが、どれだけ進んでも彼女にはたどり着けなかった。否、スライムの体は一歩たりとも進まなかった。


「まってよ! ぼくをひとりにしないでよ!」


 日は沈み、辺りは夜の闇に包まれる。薄暗い街灯の灯りが、スライムを哀れむように見下ろしていた。


「またひとりぼっちだ……もうひとりはいやだよ。いやだよぉ……」

 

 そこでスライムは目を覚まし、勢いよく飛び起きた。瞳からこぼれた涙が体を伝っていた。激しい拍動を感じながら部屋を見渡す。夢と同じく夜明け前の暗闇。けれどここは確かに彼女の部屋だった。


「よかった。ゆめだったんだ」


 彼女とはずっと一緒だ。どこにも行かないと分かっていたはずなのに。それなのに――。


 ――かなしい。

 ――寂しい。

 ――どうして?

 ――独りだから。

 ――ずっといっしょじゃない。

 ――私、皆に会いたい。

 ――これは、ミサキちゃんのココロ?

 ――独りは寂しい。


 スライムの中に、彼女の悲しみが広がっていく。その感情をスライムは知っていた。会ったこともないはずの人たちにいじめられた時。いじめられている友達を助けずに逃げ出した時。友達と離れ離れになった時。知らない世界を一人でさまよっていた時。ずっとこんな気持ちだった。

 そんな時に現れた彼女。彼女はスライムの孤独を癒してくれた。スライムは幸せだった。彼女と一緒にいることが彼女の幸せだと思っていた。けれど、彼女は今、悲しんでいる。


「ごめんね。ぼくはかんちがいしてたよ」


 スライムはそう言うと、彼女の両親の寝室へ向かった。

 あっという間に二人を取り込んだスライムは、僅かに開いた窓から外へ出た。たとえどれだけ肥大しようとも流動性の高い肉体にはこの程度朝飯前だ。

 スライムは屋根に登ると隣家へと飛び移った。物音に気づいた住人の一人が目を覚ました。


「何?」


 健人が窓を開くと、屋根の上から丸い影が下りてきた。そこにはいつか見たものより巨大なスライムの姿があった。

「お前はスライム……だっけ? どうしたの? 美咲は?」

「ずっといっしょにいるよ。でもさびしいって」

「は?」


 健人にはスライムの言葉の意味がよく分からなかった。少しでも理解しようと、寝ぼけたままの頭を必死に回転させる。そんな健人には構わず、スライムは彼を取り込んだ。 

 その後、スライムは次々に人を取り込んでいった。彼女のために、彼女が寂しくないように。友人の心晴と輪菜、学校の同級生や先生たち。その度にスライムの体は肥大化し、やがて民家を越えるほどの大きさになった。

 

 ――もうさびしくない?

 ――どうしてこんなことするの?

 ――みんなといっしょなら、さびしくないでしょ?

 ――もうやめてよ、みんな……。

 

 その時、彼女の声ではない音がどこからか飛んできた。

 音の正体を探っていたスライムは自分の周りを変な鳥が飛んでいるのに気がついた。鳥たちは不思議なことに空中でその場に停止していた。どうしたのかしら、と思っていると、変な声が聞こえた。


「シャゲキカイシ。クリカエス、シャゲキカイシ」


 その直後、鳥たちは変なものを飛ばしてきた。――それは自衛隊の対戦車ヘリによる機銃攻撃だったが、スライムには知るよしもなかった。


「モクヒョウニゼンダンメイチュウ。シカシ、コウカハミトメラレナイ」

「モクヒョウ、イゼンシンコウチュウ」


 スライムは鳥たちを無視して街を進んだ。家屋を破壊しながらスライムは突き進む。その途中で鳥もいくつか食べた。


 すらいむのからだは、どんどんおおきくなりました。


 どれぐらい時が経っただろうか。スライムはついに地球上の全ての有機生命体を取り込んだ。彼女の泣き声はもはやスライムには聞こえなかった。――この星の皆と一つになれたから、もう寂しくなくなったのだろう。スライムはそう考えた。

 数日後、酷い空腹に襲われたスライムは、食べ物を求めてさまよっていた。しかし、この地球上にはもはやスライムの飢えを満たせるものはない。

 その時であった。スライムの体に異変が生じたのは。突如として全身が発光しだしたのだ。眩い光にスライムの視界は奪われていった。

 視界が晴れると、そこには懐かしい光景が、あの森が広がっていた。

 と、そこへ何人かの人がやってきた。彼らは、あの日スライムの友達をいじめていた――否、それは紛れもない殺戮であったが――人たちだった。スライムの内に怒りと悔しさが湧いた。

 スライムは巨大化して頭上高く飛び上がると、彼らを押し潰した。濁った悲鳴と水気を含んだ破裂音の直後、彼らのカタチは跡形もなくなり、後には赤と醜い肉細工だけが残った。スライムは笑った。ようやく友達の仇を討てたのだ。


 ――うれしかった。

 ――嬉しかった?

 ――うれしくない。

 ――寂しいの?

 ――わかんない。

 ――どうして?

 ――あのひとたちをころしても、なにもかわらなかったから。みんなはかえってこなかったから。

 ――ぼくたちは、ずっとそばにいるよ。


 友達の声が聞こえた。しかし、姿は見えない。


 ――どこにいるの?

 ――そばにいるよ。カタチはきえちゃったけど、ずっときみといっしょさ。

 ――もう、あえないの?

 ――わからない。でも、きっとまたあえるよ。


「うん、そうだね」


 スライムはこちらへ向かってくる人影を見つめながら、あの時のことを思い出していた。

 目の前にいる彼らは紛れもなくいじめてきた人達。友達の仇に他ならない。しかし、スライムに復讐の意思はなかった。彼らへの復讐には何の意味もないと気づいたからだ。

 スライムは、拒絶するのではなく、受容することを選んだ。あの時の自分を、彼らを、彼らの過去を。たとえその選択が苦痛が伴うものだとしても。

 自分たちは弱くない。いじめられるために生まれたんじゃない。どんな相手とも、きっと友達になれるのだ。そう信じて、スライムは彼らを全身で包み込む。


「ずっといっしょだよ」


 すらいむのからだは、すこしだけおおきくなりました。

他作品における設定や皆様の認識は分かりかねますが、スライムにとって対象との物理的融合こそが最上の愛情表現なのです。少なくともこのお話では。

ここまでお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

次でおしまいです。まだ頑張れるという方は続きも読んで頂けたらと思います。

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