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巻の一 第八幕

豪奢な内装の室内で二人の男が向き合っていた。

二人の元には内装に引けを取らぬような豪華な料理が供されていたが、ほとんど手は付けられていない。

場を賑やかす女もなく、ひどく重苦しい空気が支配していた。

「見事に、当てが外れましたな」

苦虫を噛み潰した様な表情で酒をすする男、生駒屋佐平次はかすれた声で呟いた。

「私の面目は、丸潰れだ!」

対する山元が乱暴に卓に拳を叩きつけると、豪華な膳がひっくり返る。

山元は怒り収まらぬ様子で、生駒屋に食って掛かっていた。

「どうするのだ、生駒屋! どこの馬の骨とも知れぬ男が下手人となり、お前の言った仕掛け屋どもは無罪放免だ。その上、あの三家からは約束を違えたからと、前金を返せと言われておるのだぞ!」

「金に関しては、お返しなされば良うござんしょう。まさか、全てお使いに?」

生駒屋の言葉に、山元が言葉をなくす。

そして、再度強く卓を叩いた。

「あの金は、緒方様昇進のために方々へばらまいたのだ。もう、私の手元にはない」

「申し上げたはずですよ、山元様。もしもがあった場合を考え、金に手を付けるにも慎重にと」

「わかっておる。わかっておるが、緒方様から強く言われては、私ではどうすることもできんのだ」

そう言って、山元は徳利のまま酒をあおった。

「緒方様の昇進ですがね、噂の仕掛け屋を召し捕るからこそでしょう。袖の下は、その後でもようござんしたはずだ」

「緒方様も焦っておいでだったのだ。ここしばらく目に見える功績もなく、一度は話にあがった昇進も遠のいておったからな。それをなんとかするための、お前からの申し出だったのだぞ」

生駒屋は小さく首をひねりつつ暫し考え込んだ後、パンッと己の膝を叩いた。

「良うござんす。前金に関しては、こちらでなんとかしましょう。その代わり、ひとつ、やっていただきたいことが」

生駒屋の言葉に渋面を示す山元だったが、背に腹は代えられず、首を縦に振る。

「何、難しいことじゃございませんよ。元々召し捕るはずだった三人、その三人を罪人として捕らえていただきたい。罪状など、いかようにもできましょう。そして、その三人を手前どもに預からせていただきたいのですよ」

「しかし、それは…」

生駒屋の提案に難色を示す山元。

そこへ、もう一押しとばかりに生駒屋が言葉を重ねる。

「やっていただけるのでしたら、件の金子の二倍、いや、三倍お支払いしましょう。いかがです?」

山元に断る理由はなくなっていた。

山元が生駒屋からの申し出を快諾すると、生駒屋はふたつ大きく手を叩いた。

それを合図に、新しい酒と肴、女が運ばれてくる。

そうして賑わい出した酒宴は、その日最も金が飛び交う場となった。


******


「ねえ、あたしたち、どこに連れて行かれると思う?」

「さて、どこでやしょうねぇ」

「あたしぁ、自分が調べを受けるたぁ、思いもしませんでしたなぁ」

それぞれの牢から出された三人は、牢番に連れられるままに奉行所内を歩かされていた。

それぞれ事の発端は別なれど、三人三様に濡れ衣を着せられ、弁解の余地もないままに牢へと捕らえられた。

そして、昼頃になって三人揃って牢から出されたのだった。

「ここだ、入れ」

奉行所の端に位置する離れのような建物へ、三人は押し込められた。

そして、入ると同時に猿ぐつわを噛まされ、言葉を発することを禁じられた。

中には三人の男が既におり、何やら小声で言葉を交わしていた。

「生駒屋、この三名で相違ないか?」

そう言われ、猿ぐつわを噛まされた三人の顔をじっくり眺めた生駒屋は大きく頷いた。

蓮華が猿ぐつわを噛まされたまま何かを言っているが、当然のように言葉にならない。

室内で三人を待ち構えていたのは、生駒屋、緒方、山元であった。

「ええ、間違いございません」

「よかろう。では、一度別室で証文の作成を行う」

緒方と生駒屋は、そのまま部屋を後にしていった。

残った山元は、刀の柄に手をかけながら三人を眺める。

そして、同僚でもある卜部へ不敵な笑みを送った。

「運がなかったな、卜部。そんな得体の知れない連中とつるんでいたばかりに、面倒な奴に目を付けられて。まあ、良い稼ぎになったから、礼を言いたいくらいだがね」

「いくらだ、その稼ぎとやらは?」

その声に、山元が勢いよく振り向いた。すぐにでも一太刀浴びせられるように、しっかりと刀の柄が握られている。

「先の件といい、貴殿共は何を考えておる」

山元の前には、与力の藤方が仁王立ちしていた。

その眼光は鋭く、山元を刺し貫くかのように見据えている。

「ふ、藤方様、ど、どうして、このような」

「貴殿共が、罪なき者達を捕らえたと聞き及んでな。そのような暴挙、奉行所の信頼を地へ落とすも同義。捨て置く訳にはいかぬ」

「何をおっしゃいますか。小奴らはそれぞれ、小事ながらも悪事を行った者達。私は訴えに応じて、小奴らを捕らえたまでのこと。証人もおります。間違いございません」

「その訴人から証人まで、貴殿共が用意したものであろう。皆、白状しておる。金子を握らされ、嘘の訴えを行ったとな」

「な、何を、そのような世迷言」

山元は狼狽え、一歩下がる。

それを追い詰めるように、藤方が一歩前に出た。

「既に捕らえ、尋問しておる。幾人かは今申したように白状し、罪を認めた。これを、如何とする?」

「し、しかし、それは…」

山元が答えに窮していると、藤方の後方から緒方と生駒屋が戻ってきた。

異変を察知した緒方は、藤方と山元の間に割って入る。

「藤方殿、何用か?」

「貴殿共の横暴を質しておった。なにゆえ、罪なき者に罪を着せる。そこな者達は皆、囚われるような所業は行っておらぬ。だというのに、貴殿共はそのものらを捕らえた。なにゆえか?」

「藤方殿こそ、何を仰るのか? 小奴らは皆、訴えがあり、証人もおります。故に、山元が捕らえ、私が調べを行うところ」

「その訴人も証人も、偽りであることは先刻承知。今、内藤殿や立元が真偽を質しておる。幾人かは、既に貴殿共から金子を受け嘘の証言を行ったと申しておる。この点、いかように弁明されるのか?」

藤方の言葉に緒方の顔から血の気が引いていく。

緒方が山元へ視線を送ると、山元は大きく首を左右に振った。

「さあ、いかような弁明をされるのか?」

藤方が大きく一歩、前に出た。

緒方が力なく、その場に崩れ落ちる。

そして、その場に奉行である佐々木が現れたことで、緒方と山元に逃れる術はなくなった。

緒方と山元が縛についた時、生駒屋の姿はどこにもなかった。

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