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巻の一 第三幕

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。全国津々浦々、果ては海を超えてまで取り揃えた、奇妙奇天烈摩訶不思議、奇人変人、奇貨珍品。なんでもござれの見世物だ。何が出るかはお楽しみ。何が起きるもお楽しみ。普通じゃ見れない出来事を、たった三十文で御覧じろ。間もなく開演だ」

色とりどりの布をはためかせた小屋の前で、こちらもまた色とりどりの生地を合わせた羽織袴の男が声をあげていた。

その声に興味を惹かれた通行人が、一人、また一人と小屋の中へと吸い込まれていく。

小屋の様子を覗いてみれば、満員御礼の大賑わい。座席が足りずに、壁際での立ち見客もかなりの数が確認できる。

太鼓と三味線による賑やかしの後、白装束に身を包んだ男が静静と舞台中央に進み出た。男がゆらりと顔をあげると、そこには大きな目玉が一つだけ。その目玉がギョロリと客席を見渡すと、客席のそこここから悲鳴が上がった。

「そう、怖がらないで下さいませ。こう見えて、私はれっきとした人間でございます」

男は恭しく頭を垂れる。そして顔をあげると、どこにでもいそうな凡庸な人相が張り付いていた。

「改めまして、私、当見世物小屋の主、一つ目庵上と申します。本日はご来場、誠にありがとうございます。これより、私選りすぐりの奇異怪異をご覧にいれましょう。どうぞ、最後までごゆるりとお楽しみ下さいませ」

その言葉とともに男の姿がゆらりとかき消え、男のまとっていた白装束のみが舞台上に残された。

それを合図とするように、太鼓と三味線によるお囃子が再開される。そして、客席からは盛大な拍手が沸き上がった。

そこから舞台上では様々な見世物が登場していく。

通常の半分ほどの背丈の小男。油を飲み、火を吐く者。暗闇で発光する妊婦の腹の胎児。盲目でありながら、精密な人相書きを描く者。

そして、

「さて、これより登場致しますは、当小屋一番人気の色女。摩訶不思議な腕を持つ、桔梗にございます」

主の男の紹介とともに、艶やかな着物に身を包んだ女が現れる。

女はゆっくりと舞台上を進んでいくと、いつの間にか用意されていた大きめの箱の横まで進み出た。

「これから行われることは、何も難しいことはございません」

女がその白く細い腕を観客に見せ付ける。

主はその腕を手に取ると、箱の上に置かれていた細長い筒へと通してく。そうして、女の両腕が黒く細長い筒に通された。

「これは、ただの表面を黒く染めただけの竹筒にございます」

主は女が腕を通している物と同じ筒を取り出すと、観客によく見えるように頭上に掲げた。

「ただの竹筒でございますので、これ、この通り」

主が竹筒を縦に持ち直しながら手にした腕を横に移動させると、いつの間にか控えていた黒子が竹筒を刀で一閃する。竹筒は真ん中から分かたれ、上半分が舞台上に落下、乾いた音をたてた。

「簡単に、切れてしまいます」

主が脇に避けると、両腕を筒に通した女がにこやかに微笑んでいる。

そして、先程の黒子が刀を大上段に構え、女が腕を通した筒に狙いを定める。

次の瞬間、黒子はためらいなく刀を振り下ろした。

場内から、悲鳴が上がる。

刀は間違いなく筒を分断し、筒の置かれた箱へも刃が入り込んでいる。

黒子はゆっくりと刀を上げると、鞘に収めながら闇へと消えた。

場内が不安でどよめいている。

「ご心配はいりません。それによくご覧下さい。彼女は苦しそうですか?」

主の言葉に促されるように女を見ると、女は涼しい顔をしている。そればかりか、切られたはずの腕の先、手のひらを観客に向けて振って見せている。

「コレこそが彼女の不思議」

主が女の手を掴み引っ張ると、竹筒は真ん中から離れていく。

竹筒が前後に離れていこうと、女は変わらずに手を振り続けている。

「この箱にも、仕掛けはございません」

そう言って主が箱の前面を開けて見せる。

中には何もなく、誰かが隠れ潜んでいる様子もない。

主が女の手と竹筒を元の繋がった状態に戻すと、女は自然な動作でそこから腕を引き抜き、初めのように自らの腕を観客に示した。

それと同時に、場内に割れんばかりの拍手が溢れ出す。

主は丁寧に辞儀をすると、女もそれに倣って頭をたれた。

「本日は、お楽しみいただけましたでしょうか? これにて見世物、全て終了にございます。本日は誠にありがとうございました」

盛大な拍手と声援を受けつつ、舞台は幕を降ろしていった。


降りた幕の裏手側、見世物に集まった観客が小屋から出ていく喧騒をよそに、見世物とされていた者たちが思い思いにその場を離れていく。

十八番の腕切りを披露していた蓮華も、動きにくい着物をはだけながら大きく伸びをしている。

「今日も、好調でしたね」

「まあ、そうかもね。でも、そろそろ見せ方を変えたほうが良いんじゃない、座長。今のやり方も、結構使い古してきたと思うんだけど」

見世物小屋主庵上の言葉に、蓮華はどこか物足りなそうな顔をしている。

庵上が己が顔をツルリと撫でると、凡庸な顔が消え去り、舞台に初めて上がった時と同じ一つ目が現れた。その変化を目の当たりにしても、その場の誰一人として驚く者はいない。

「そうですか。では、後ほど先生と相談しましょうかね。何か面白い案をいただけるかもしれません」

「そういえば、その先生はどうしたのよ? 今日は見かけてないけど」

「昔馴染みからの伝手で、西の方に向かったそうですよ。最低でも一月は戻らないそうですね」

「それなら、あたしも勝手に考えておくから。良さそうなら、演目を変えても問題ないでしょ?」

庵上はその言葉を聞いて目玉をくるりと回すと、満面の笑みを浮かべた。

「ええ、構いませんよ。それとね、もう一つ」

そう言って、庵上は蓮華を手招きする。

そのまま、庵上は蓮華を連れて小屋の奥にある小さな小部屋へ入っていった。部屋の中には小さな文机と行灯があるだけで、特にめぼしい物は見当たらない。

「人には聞かせたくない話?」

「連絡が入りましたよ」

庵上は小さく折られた文を取り出し、それを蓮華に差し出した。蓮華はその文を受け取ると、手早く広げ、内容に目を通していく。

見世物小屋狐狸庵主の一つ目庵上は、その裏で情報屋のようなものも商っていた。彼の息のかかった者が方々に散っており、様々な情報を彼の元へと届けている。協力者からの情報提供は主に見世物小屋で行われており、小屋に入る際に入場料を投げ入れる銭箱へ銭と一緒に入れられる。一見不自然に思える行為ではあるが、ここ狐狸庵では見世物演者へついた贔屓客からの文を受け付けており、その方法というのが銭箱への投函となっており、情報提供の良い隠れ蓑になっている。

「これ、どういうこと?」

蓮華が手にした文を行灯の炎に投げ入れる。文はゆっくりと全体へ炎を広げながら、黒く細かく煤けていった。

「今回の一件、裏稼業の人間が関わっているのじゃないか? そう考えている人物がいるようですよ」

「今回も怪死体で、はい、終わり。そうじゃないの? 今までも、それで片付いてたじゃない」

「あなた達の仕掛けは、およそ人間業ではありませんからね。疑われたところで、実行できなきゃ意味がない。そもそも、私達みたいなのは、奉行所が認めてもいないんですから。彼らは、私達をだたのインチキ集団だと思ってるだけでしょうしね。おそらく、今回は誰かが要らぬ助言でもしたのでしょう。私達の間では密告はご法度ですが、まあ、口の軽い輩はいるものですから」

「つまり、あたしらが狙わるかもしれない?」

「可能性は、あるでしょうね。真偽かかわらず、下手人として打ち首獄門」

蓮華は小さくため息を吐くと、身につけていた着物からスルリと抜け出し、襦袢姿になる。

「座長、片付けておいてもらっていい? あたし、とりあえず姐さんのところに行くから」

そう言い捨てると、蓮華は部屋から飛び出していった。

庵上は呆れたように肩をすくめると、床に広がる着物を拾い上げる。

「面倒事になりそうですから、私も少し動いておきましょうか」

庵上は着物を器用に一纏めにすると、小脇に抱えて部屋を後にした。


******


町外れの小料理屋へ幾度か駕籠が入っていく。

駕籠からは頭巾を被った男が姿を現し、足早に建物の中へと消えていった。

小料理屋の名は季乃屋。この界隈では有名な店で、また、店主が認めた者しか利用できない特別な個室が存在し、密談に利用されることもある。

そして今、件の個室にて男達が集まり、何やら話し込んでいる。

「緒方殿、調べの方はどうなっておるのか?」

額に深い皺を刻んだ神経質そうな男が、不機嫌そうに口を開いた。

「今のところ、下手人とつながるようなものは、何も」

言いつつ、緒方は平伏した。

「今回の凶事、とても人間業とは思えず、調べが難航しております」

「そのような言い訳が聞きたいのではない!」

そう叫んだ男は、手元の猪口を緒方に叩きつけた。

平伏する緒方に相対しているのは、死んだ三人の親である木下文一郎、佐藤新左衛門、田野中喜一郎であった。

「何のために、貴様のような者を重用していたと思っておる。このようなことが起こらぬようにであろう。それをみすみす、このような」

「武士があのような無様な死に様を晒すなど、言語道断! 何としても下手人を探し出し、我らの前に連れて参れ!」

緒方は更に深々と平伏する。

その影に隠れるように、同じく平伏している男がいた。

「その下手人に関しまして、お伝えしたき儀がございます」

三人の怒りに少しの収まりが見えた時、緒方の後ろで平伏していた男が言葉を発した。

三人はその存在に始めて気付いたようで、怒りの収まらぬ眼をそちらへと向ける。

「この男は、私の配下で山元と申す者にございます。この者が、少々気になることを聞き及んでまいりました」

「許す。山元とやら、申してみよ」

「はっ」

山元は平伏したまま、半歩ほど前に出た。

「わたくしめ、山元と申します。今回の凶事、その異様な惨状は、傍目には人の手によるものかと目を疑うようなものにございます。しかし、そのような惨たらしい死を可能にする者達がいるとの話を、ある筋より得ております」

「そやつらが、関わっていると?」

「左様にございます。具体的に誰なのか、それは現在調べを進めておりますが、仕掛け屋と呼ばれる者共が関わってることは、ほぼ確実かと」

山元の言葉に、三人は顔を見合わせた。

裏稼業の人間の噂は耳にしたことがあったが、それに関わることになろうとは夢にも思っていないようであった。

「そのような金で殺しを請け負う者達がいるとは、耳にしたことはある。しかし、なぜ我らの息子がそやつらに狙われねばならん」

「それは、」

「それは、逆恨みにございましょう」

山元が言い淀む中、緒方はきっぱりと言い切った。

しかし、その内容は山元が言わんとしたこととは真逆の内容であった。

「今回の件、下手人及びそれらに依頼をした者含め、すべての者達を皆様の前で首をはねてご覧にいれまする。どうか、その機会をいただきたく」

緒方は額を擦り付けるほどに平伏する。

その緒方から刺すような鋭い視線を受け、山元も倣うように額を擦り付けた。

そんな二人の様子にしばし思案した後、三人は小さく頷き合った。

「よかろう。貴殿に任せる。一切、しくじりのないように」

そう言って、佐藤新左衛門は懐から切餅を取り出し、己の卓に置く。

そしてそのまま、静かに三人は帰っていった。

三人が離れたのを確認すると、緒方は頭を上げ、近くにあった徳利から直接酒をあおる。

そして、残された切餅を鷲掴みにすると、素早く懐に収めた。

「山元、大丈夫であろうな、その、生駒屋とかいう男」

「問題ございません。生駒屋佐平次は、金には嘘をつかぬ男。間違いなく、目的の者達を探し出すはず」

「して、金子はいかほど必要か?」

「それは、現在話をつけているところにございます」

「どのくらいかかりそうか?」

「最低でも、五十は必要かと」

「そうか。必要な金子は、あの者達に出させればよかろう。お家の名誉のためだ、惜しむまい」

緒方は不敵に笑うと、懐から十両取り出し、山元の手元に並べた。

「頼むぞ、山元」

「ははっ」

そう言って頭をたれる山元の、その口元はわずかに歪んで見えた。

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