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巻の一 第十二幕

「随分と、面倒事になっていたようであるな」

母屋の裏手に設えられた縁側で涼んでいる泉岳屋の元へ、皮と骨しかないような痩せぎすの男が現れる。

男は眼鏡の下に隠された切れ長の目で泉岳屋をひと睨みすると、泉岳屋の隣に腰を下ろした。

「お早いお帰りで」

「早いものか。一月以上も西に足止めを食らったのだぞ。それも、詳らかにする必要もない物事に巻き込まれたためにだ。吾輩の予定では、今頃新しい実験に取り掛かっているはずだったというのに、腹立たしい」

丁稚が運んできた茶を一気に飲み干すと、男は大きくため息を吐いた。

「あちらに伺うんです、面倒は起こりましょうよ、先生」

「だから嫌だったのだ。そもそも、初めから吾輩は関わる気はないと言い続けていたのだぞ。それだと言うのに、あちらは構わず我輩を頭数に入れおって。吾輩の仕事は機材の調整であって、荒事を解決するために、出向いたのではない!」

男は強くそう言うと、口をへの字に歪め、眉間に深い皺を寄せる。

そんな男を愉快そうに眺めながら、泉岳屋は一つ手を叩いた。

それを合図に、今度は皿いっぱいのぼた餅が運ばれてくる。

「伊勢屋さんのぼた餅ですよ。しばらく、口にされてないでしょう、先生?」

「当然である。西には伊勢屋がないのだから」

そう言うと、不機嫌そうな表情のまま、男はぼた餅を一つまるまる口に放り込んだ。

そしてそのまま飲み込むようにぼた餅を咀嚼してしまう。

「吾輩もこちらに居ればよかった。そうすれば、大層愉快な事態に遭遇できたものを。西からの依頼なんぞ、金輪際受けずとも良かろう。あちらのことは、あちらでどうにかすれば良い」

男はぼた餅を食べ続けながら、器用に言葉を発していた。

その手は休まることなく、瞬く間に十個以上あったぼた餅を平らげてしまう。

「して、後処理は問題ないのか?」

男が再度注がれた茶をすすりながら問うた。

「ええ、問題ありません。今回は後ろから刺されたようなものですから、少々難儀ではありましたが、なんとか片が付きましたよ」

「生駒屋は、いつかやるとは思うておった。それを野放しにしていのは、貴様の責だ。今回の件、努々忘れるでないぞ」

「承知しております、先生。今回の件は、私の甘さが招いた始末。二度と同じようなことは起こさない、そう、肝に銘じます」

「ならば、良い」

男は切れ長の目を更に細めると、小さく頷いた。


それから二人は、それぞれの近況を詳細に話し合った。

周囲の喧騒の中、静かな言葉はすぐに周りに溶け込んで消えていく。

そうして日が陰り初めた頃、闖入者が現れる。

「あっ! 先生だ!」

男が声の主へ目を向けると、蓮華が襦袢に一枚引っ掛けただけの姿で手を振っている。

男はこれ以上ないほどに不快そうな表情を見せると、

「この、戯け者が!」

蓮華を一喝した。

蓮華は突然の事に困惑し、その様子を見ながら泉岳屋は声を出して笑った。

こちらで、「巻の一」は完となります。

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