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探偵令嬢シャルロット・ハウシズの魔術推論  作者: まじゅつし。
シャルロット・ハウシズと賢者の石
4/4

Chapter 3:第一の殺人

 

 私としては大変不本意ではあったが、情報収集のために仕方なく話の輪に加わることにした。




「いやしかし、まさかあのヘイルがシャルロット嬢の執事をしているとは 」


「縁あって拾っていただけたんです。それに、今のこの仕事は案外性に合っていたようです」


「それはよかった。だが...いや、すまなかった。父君とは仕事上とはいえ親しくしていただいていたのだが、有事の際に力になれなかった 」


「おやめください。伯爵様が気に悩むことではありませし、狡猾かつ卑怯な罠にかかった、私と両親が愚かだっただけですから 」


「それは...いや、気を遣わせた。もう手遅れだろうが、何かあればフィーガードの名に誓って必ず君の助けとなろう 」




 話始めてからしばらくすると、伯爵がヘイルに気づいたのをきっかけに話題は自然とそっちに移っていった。


 ヘイルの家のことをこちらの思っていたよりも気にしていたらしく、何度も頭を下げて謝罪の言葉を繰り返した。



 とはいえ、フィールド家が当時助けを出すのは無理があったはずだ。


 魔術の探究は金がかかるとよくいわれるが、錬金術は初期投資が馬鹿にならず、それで破産に追い込まれるのも決して珍しい話ではない。


 例によってフィーガード家も金銭の工面で苦労を重ねていた過去があり、それこそヘイルの事件があった時がまさに一番苦しい時だったと聞かされている。


 “どうやって今の経済状況に持ち直したのか”という別の疑問はあるが、少なくともここまで伯爵が気に病む必要もないはずだ。


 ヘイルもそれを理解しているのか、感情的にはならず素直に感謝を告げている。




「んにしても、教会の聖職者に続いて噂のご令嬢サマと会えるとはねぇ 」


「あぁ。そういえば、貴方は学会の便利屋とかいっていましたね。所属の魔術師ではなく 」


「そ。俺らはあくまでフリーの魔術師。学会も正確にはただのお得意サマで、お貴族サマにも雇われる仕事人ってワケ 」


「私とゲータくんは幼馴染なんですけど、子供の頃村に来た魔術師が気まぐれで色々と教えてくれたんです。それがきっかけで、魔術を学ぶ機会に恵まれて 」


「そうだったんですね 」




 伯爵との話の輪から完全に切り離されたことにより、私はこの2人に絡まれることになった。



 自己紹介の時に察してはいたが、彼らはいわゆる典型的な平民の魔術師というやつだ。


 平民に魔術の才があるのが珍しいわけではないのだが、やはり貴族に比べて魔術を学べる機会が劇的に少ないのは必然だ。


 だから、魔術師の偶然・きまぐれなどで運良く学ぶ機会を得られ特出した才能があれば、彼らのように魔術の道を歩むことができる。




(ま、この2人の場合、武器の代わりに魔術を使っているだけだろうがな )




 ただし同じ魔術師でも、私や伯爵が学者なら彼らは学者の功績を扱うだけの消費者にすぎない。


 だからと悪感情を抱くこともないが、魔術に対する考え方やスタンスが異なるのは明らかだろう。




「ンフ。しかし、ハウシズのご令嬢が表舞台に現れるとはわたくし驚きました 」


「それをいう私の方が驚きました。ファルレアの教会は内向的で、行事以外で他国に赴く印象がありませんでしたので 」


「ニコラ殿とは個人的に親交がありまして。それに教会の意向としてはおっしゃる通りですが、友人の素晴らしい功績とあれば駆けつけますよ 」


「なるほど。バーソロミュー“司教”と伯爵はご友人、だと」


「むむむ、わたくしをご存知でしたか 」


「えぇ。お名前を伺って思い出しました 」




 バーソロミュー・ヘイミンソン司教。


 宗教国家ファルレアの大貴族ヘイミンソン家の一員でありながら、田舎町の寂れた教会の神父から始めまり今の地位に成り上がった聖職者。


 ファルレアに総本山を置く聖クリオラ教会は近年汚職などの不祥事が相次いでいるが、バーソロミュー司教はそれと対比されるように『穢れなき純白の聖人』として賞賛されている。


 だからこそ、彼が伯爵を友人といったことが引っかかる。




「バーソロミュー司教の噂はリティシアでも耳に挟みますので。ですが、伯爵と教会の司教がご友人とは、一体どんなきっかけで?」


「破損したクリオラ神の像の補修の際、どうしても造形に通じた魔術師の手が必要でして。信頼でき、かつ確かな技量を持った方を探していたらマチルダ嬢と知り合いまして 」


「マチルダ嬢、ですか...?」


「ん、知らねーのか?錬金術を使った彫刻とかの芸術作品がウケて、今はその業界じゃ知らん人はいない芸術家だぞ 」


「壁際に飾ってある作品も全て彼女の手掛けたものですね 」


「なるほどそうでしたか 」




 私以外は全員知っていたらしい。


 兄上の事前調査でこのことが漏れたのは、貴族令嬢としても魔術師としてもマチルダ・フィーガードが“空気”であるが故に省いたからだろう。



 それにしても今も伯爵の一歩後ろで様子を伺っているだけの内気そうな女性が、先ほどの一目見ただけて素晴らしいと思えた美術品を作ったとは正直驚いた。


 フィーガード家が主に扱う錬金術の系列とは違う、人体構造などの形成魔術を得意としているのだろうか。




「む、皆すまないな。少々昔話で盛り上がってしまった 」


「別に構わないぜ伯爵。それよりも、そろそろいい時間なんじゃないか?」


「そうだな。待たせてばかりで申し訳ないのだが、我々は準備のため一度会場を開けさせていただく。各々くつろいで待っていてくれ 」




 話が落ち着いたのか、少し離れたところにいた伯爵たちがいつの間にかテーブルの方に戻ってきていた。


 見れば私の後にも数人続いていた入場する客も落ち着き始めており、招待状の謎解きを突破できる人間は揃ったようだ。


 これ以上待つ必要はないと判断したようで、伯爵はそろそろこのパーティーのメインイベントを始めるようだ。




「楽しみにしています。ニコラ殿 」


「あぁ、期待していたまえ。マチルダ、お前は何人か連れて書斎に行きなさい 」


「はいお父様 」


「頼むぞ。では皆、失礼する 」




 準備に取り掛かるらしい伯爵はそう告げ、マチルダ嬢を伴って会場を後にした。




(さて、何がでてくるんだか )




 煌びやかな装飾と華やかの音楽が流れる会場の様子とは真逆で、良くも悪くもあと数分後に何かが起こる“嫌な”予感がなぜだかした。




 ---




 チリンチリン



 会場に魔術で拡大された鈴の音が響いた。




「あら、始まるようですね。それでは私は向こうのテーブルに戻りますね 」


「えっ、あ。お、おまちください!」


「では失礼 」




 しつこく話しかけてきた魔術師の男の話を遮るようにそういい、私は足早に定位置となった中央テーブルへと戻った。


 伯爵が準備のため会場を後にしてから、好奇といわんばかりに私を認識した人たちが挨拶と称して接触してきた。


 それもそのはず、さっきまでは中央テーブルのメンバーを壁にして避けていたのに、示し合わせたように全員理由を付けて一旦会場から離れてしまった。


 リティシアの無名貴族に平民魔術師、小国の文官など多岐にわたる人たちがひっきりなしに私に挨拶するためやってきた。


 いや、挨拶だけなら幾分かマシだ。


 最後の男、自称“千年に1人の天才魔術師”のように延々と自分語りする馬鹿、いかに自身が優れているのかを売り込む無能の相手をするのは精神が摩耗する。


 比較して中央テーブルのメンバーがこういった場慣れしていて、お互いの立場を踏まえ礼儀をある程度弁えていてくれたのかを身に染みて痛感した。




「お、随分と遅かったじゃねぇか 」


「おかげさまで、私に話しかけてくれる方と大勢お話ししましたので。そこの使えない執事もただ見てるだけで、頭がおかしくなりそうでした 」


「お嬢様の会話を遮るなどとても 」


「はは!違いない。それにこの会場の野郎どもは、噂なんて忘れてアンタの印象に残ろうと必死だろう 」


「ハウシズとの繋がりが欲しいのは理解できますが、しつこいのはシンプルに不快です 」


「ん?あぁ、それもあるだろうがアンタの場合は...」


「ゲータくん。多分だけど、それ以上は野暮だと思うよ 」


「おぉ、まぁそれもそうか。悪かったな 」


「ふぅ。おやおや、皆さんお揃いでしたか 」


「おせーぞ司教サマ。ほら、もう始まるみたいだぞ 」




 無駄話を叩いているうちに、着々とお披露目の準備が進められていたようで壇上に使用人を伴った伯爵の姿が現れた。


 手には何やら小さな木箱を抱えており、この会場にいる誰もがその中身がなんなのかを想像しながら確信していた。


 雑談に花を咲かせていたはずグループはいつの間にか静まり返り、会場全体に張り詰めたような緊張感が広まっていた。



 急いで戻ってきたらしい息を切らしたバーソロミュー司教を加えた私たちも、心なしか息を呑んで伯爵の一挙手一投足に注視している。



 だからだろうか、私は視界の端で僅かに感じていたはずの違和感を見落としていた。




『集まってくれた友人たちよ、長らく待たせた。今宵、この瞬間、我ら一族の悲願を達成する素晴らしき時に、こうして足を運んでくれたことに改めて感謝を述べたい 』




 魔術によって拡大された伯爵の声が会場の中に響き渡った。


 会場が静けさに包まれているからだろうか、余計にその声が大きく聞こえ頭に響いた。




『さて、前置きなどこのくらいでいいだろう。この中には“賢者の石の錬成に成功した”など偽りだと考えている者もいるだろう。しかし、実物を見れば自らの愚かさを悔いるだろう。さぁ活目せよ!これこそ、フィーガードの叡智の結晶体。即ち、賢者の石で 』




 伯爵が掲げた箱を開けようとした瞬間だった。


 破裂音と共に、壇上にいた一人の使用人の胸に突然“赤い花”が咲いた。




『なっ!?』




 あまりに突然の出来事に、会場の時が止まったかのように誰もが現実を認識できなくなり、伯爵の困惑した声が聞こえてから悲鳴が各所からあがった。


 赤い花が咲いた...のではなく、胸元が血で染まった使用人はそのまま受け身を取ることなく前に倒れ込み、床に血溜まりをつくっていた。



 会場は混乱に包まれた。


 突然の人の死に誰もが理解が及ばない恐怖に支配され、全員とは言わずもすぐにでも会場から逃げ出そうと足が出入り口へと少しずつ向かい始めている。




「ヘイル!」


「わかっています 」




 ただし、私たちは違った。


 短く執事の名前を呼ぶと既に壇上へと向かい始めており、一直線に倒れている使用人を目指し駆け寄った。


 人の間を縫いながら私もその後に続き、魔術を待機させつつ困惑している伯爵の元に向かう。




「伯爵!一度パーティーを中断し、すぐに会場を封鎖して入場者全員の身体チェックを 」


「あ、あぁ。いや待ってくれ。確かにそうするべきだが、君がでしゃばる必要はないだろう。それにヘイルは何をしているんだ?」


「お忘れですか?私はハウシズの人間で、彼は優れた医師の血筋です。そして本来は兄が担うべき役割を、この場では代理である私が担うのは必然です 」


「失礼します。お嬢様、手は尽くしましたが心臓が破裂したのか即死しており、蘇生は不可能でした。それにこれは...」


「殺人、でしょうね 」




 示し合わせたようなタイミング、ヘイルの医師としての見解、それら全てがこれを殺人事件であると断定していた。


 こうして賢者の石を巡った一連の血に塗れた事件は、衝撃的な殺人と共に幕開けを遂げた。

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