おにわそと!ふくわうち!!
ファーレンとアルメリアの前世、結城蓮さんと立花莉愛ちゃんのお話です。
今日は節分だ。
といっても、大手外資系企業に節分なんて関係ない。
関係ないはずだったんだけど・・・
「おにわ〜そと!おにわ〜そと!!」
今日のミニ台風はいつも以上にかなり発達しているようで、もう手がつけられない状態にまでなりつつある。
これはもうチビハリケーンだ!
「坊ちゃま、ここではちょっと困りますので、上に上がってからやりましょう」
今日も爺やさんが我が社の会長のお孫さんの俊哉坊ちゃんをなんとか会長のところまで連れて行こうとされているが、これは手こずりそうである。
なんといっても今日は節分だ。
保育園で作ってきたであろう鬼のお面を付けて、抱えきれないほど大きな升には豆がいっぱい入っている。
「お祖父様から会社の鬼を追い払えと言われているのだ。ここでやらなくてどこでやるんだ!おにわ〜〜そと!!」
そう言ってロビー内に豆を撒き散らす。
でもね外に向かって撒くんですよ、坊ちゃん。
誰か教えてあげて下さい。
中はふくはうちですと。
何事かと思われて眉を顰める方。
オーワンダフル!と喜ぶ海外の方。
ホールはとても賑やかだった。
掃除するの私たちなんですけど・・・
知らず知らずのうちにため息が出ていたようだ。
それを見逃さない俊哉坊ちゃん。
「莉愛姉ちゃんのフリをした『ため息鬼』がいたぞ!仕事をちゃんとやらない鬼め!おにわそと!!」
「わ、わ!やめてください、坊ちゃん。豆は人に向かって投げてはいけません」
「何を言う!お前は鬼だろう!!鬼に投げて何が悪い!おにわそと!!」
受付の中まで豆だらけにされてはたまらない!と外に出ると、踏み荒らされた豆の油分と潰れていない豆を高いヒールで潰したことで私はバランスを崩して尻餅をつく。
「あいたた・・・」
「鬼め!覚悟しろ!!」
多分流行りのアニメの鬼退治の影響もあったのだろうが、鬼退治に夢中な俊哉坊ちゃんは私の顔目掛けて豆を投げつけた。
豆でも顔に当たったら痛いだろうなぁと諦めて目を瞑ったが、衝撃がない。
そっと目を開けてみると目の前にはグレーのスーツの人が私と坊ちゃんの間に立っていた。
結城先輩だった。
「女の子に優しくない俊哉君こそ鬼かもしれないなぁ」
「なんだと!僕が鬼のわけないだろう!!」
「いいや、分からないなぁ。いつもはちょっとイタズラする程度の優しい俊哉君が、可愛いお姉さんをいじめるわけないし」
顔を真っ赤にして癇癪を起こしそうな保育園児を前に余裕な表情の結城先輩はチラッとエレベーターホールの方を見る。
「ほら、お父さんのお迎えだよ」
「俊哉!」
海外営業部のトップに立つ会長の息子さんが慌てたように走ってきて逃げ出そうとする俊哉坊ちゃんを捕まえてしまった。
「蓮兄いちゃん、父さん呼んだな!」
「そりゃあ、俊哉君が俺に喧嘩売ったんだから、一番言うことを聞く人を呼ぶに決まっているだろう」
「喧嘩を売る?ってなに??」
「ふふふ、大人の話。でも、会社の玄関で大暴れは会長も怒るだろうから、しっかり反省してきなさい」
べそをかきながら連れて行かれる俊哉坊ちゃんと、その後ろを爺やさんがペコペコ周りに頭を下げながら去っていった。
ロビーに静寂が戻るが、私は座ったまま周りを見渡し、またまたため息を吐いてしまう。
この豆どうするんだ・・・
「立花さん大丈夫?」
尻餅をついたままの私を心配したのだろう。
結城先輩が左手を差し出し私の右手を持って引っ張って立たせてくれたが、
「つうっ!」
どうも転んだ時に足首を捻っていたようで痛みが出る。
低い靴に履き替えれば問題ないだろうが、この高さのヒールでは足首への負担が大きい。
今日は厄日だと思った途端、体がふわっと浮き上がり驚いて声が出てしまう。
「ひゃつ!」
「足、捻ったんでしょ。医務室に連れて行くから」
なんと、結城先輩がお姫様抱っこをして私を医務室に連れて行くと言う。
「だ、大丈夫ですから先輩!!重いんで下ろして下さい。自分で歩いて行きますから!」
「ダメに決まってるでしょ。それに全然重くないし、立花さんやせすぎじゃないか。あれ、やばこれってセクハラになる?」
わざと言って笑う。
真っ赤になっている私に気づかないフリをして、抱いたまましっかりとした足取りで医務室に向かって歩き出す。
華奢に見えて男の人なんだなぁと改めて思う。
憧れの人に姫抱っこされるなんて、今日は厄日かと思ったけど、最高の日だった。
恥ずかしいけど幸せ!今日の日を忘れずに生きて行こう。
そっと顔を伏せ赤くなった顔を隠した。
医務室に着くといつもニコニコ優しく笑って出迎えてくれるおじいちゃん先生がいらっしゃらなかった。
結城先輩は丸いいすに私を下ろすと、その前にしゃがみ込むとそっと左足首に触れる。
「いたっ!」
「骨は折れてなさそうだけど、捻ったようだね。まだそこまで腫れてきてないけど、今晩あたり腫れそうだなぁ」
先生まだかなと言うと、ふっと前に座る私を見上げるように見つめてくる。
日に透かすと茶色に見える髪に胡桃色の瞳。
笑うと目が細くなってちょっと幼いイメージを見せることもある。
イケメンなのに嫌味がなく誰にでも優しくて、海外営業部のやり手。
我が社の優良物件なんて言われていることは本人は知らないだろうけど。
こんなに素敵な人なんだから、彼女さんだってきっといるに決まってる。
凄く凄く大事にしているんだろうなぁ。
胸がズキっと痛む。
私、やっぱりこの人のことが好きだと感じる。
その思いに気づかないフリをしながら、得意の笑顔でお礼を言う。
「結城先輩、豆から助けてもらい医務室まで連れてきて頂いてありがとうございます。もう大丈夫ですので、業務に戻って下さい」
「そんな作り笑いして、足痛いんでしょ。特に急ぎの案件もないから、一緒に居るよ。居て迷惑なら帰るけど」
「迷惑だなんて、そんなことないです」
「よかった!」
私の作り笑顔がバレるなんて中々無い。
なんで分かったのかな?!
「帰りも迷惑でなかったら一緒に帰ろう。足痛いだろうから無理させたくないし、俺、荷物持つから」
「そ、そ、そんなご迷惑をかけますし、一人で帰れるんで大丈夫です!」
「俺がそうしたいの!それに、もうこんなチャンスないかもしれないしね」
「チャンス?」
「こっちのこと。定時に上がれると思うけど、その足で待たせたらいけないから、休憩室で待ってて。すぐに行くから」
「は、はい。よろしくお願いします」
結城先輩はとっても嬉しそうに笑っていた。
その後おじいちゃん先生が戻ってきて診てくれると、軽い捻挫だろうとのことだった。
でも、明日まだ痛いようなら病院に行くことや、一週間はかかとの低い靴を履くこと、無理をしないことなど言われた。
そして、
「全く俊哉坊ちゃんの襲撃には参ったもんだが、この転機を見逃さずに懐に入ろうとは、さすが軍師殿には頭が上がらんよ」
「お褒め頂きありがとうございます」
ニヤッと一瞬悪い表情で笑う先輩におじいちゃん先生は、まぁ頑張ってな、なんて言っている。
なんのことでしょうか?と横に立つ先輩を見上げると先ほどの悪そうな笑顔とは違う優しい表情で笑ってくれた。
後日聞いた話では、二人は囲碁仲間で休憩の時によく対局しているのだという。
先輩の長けた戦術に翻弄され、先生は彼のことを軍師と呼んでいるらしいが、俊哉の襲撃と何か関係があるのかしら?
その日は先輩に言い切られて一緒に帰った。
ゆっくり歩く私の歩幅に合わせて歩いてくれ、話も弾みとても楽しかった。
そう、楽しかったなぁ〜
たのし、か、った・・・
体を揺さぶられる感覚に意識が浮上する。
可愛い我が子の呼ぶ声に、そっと瞳を開く。
「母上、母上!こんなとこで寝ていると、父上がまた心配して仕事放り出して来てしまいますよ!」
「えっ、ミライ?」
目の前には愛しい彼との間にできた4歳になる息子がいた。
唐突に目覚めたことで、夢と現実が混同しているような感じがする。
寝ぼけているんですか?と言いながら、そっと上掛けをかけてくれる優しいところは本当に父親に似たと思う。
「ごめんね。この頃とっても眠いのよ」
「大丈夫ですか?先ほど侍医が来ていたようですが、どこか具合でも悪いんですか?」
心配そうに眉を顰める表情も父親にそっくりだ。
「いいえ、体調が悪いわけでは無いの。でも、先に教えちゃうときっと父上が拗ねちゃうから、待っててね」
にっこり笑うと、具合が悪く無いならいいですと言って、庭で大人しく待っていた愛犬のラッシュの元に走って行く。
そんな愛しい我が子の様子を眺めながら、とてもとても幸せだと感じた。
ミライと走り回る子犬を微笑ましく見ていると、ミライの予想通り彼が執務を放り出しジュロームの眼を掻い潜ってやって来てしまった。
まあ、侍医が来て診察を受けたと聞いたら、まず来ずにはいられないことくらい百も承知だ。
あとでジュロームには謝っておこう。
「リア、侍医の診察を受けたって聞いたけど、やはり体調が良く無いのか」
心配そうに眉を顰めた表情はやっぱり似ている。
親子だなぁと嬉しくて笑ってしまう。
「大丈夫よレン、病気じゃないから。でもしばらくは大人しくしてないといけないみたい。それに私人一倍眠くなる体質らしいから、あっちこっちで寝てたらごめんね」
「リア?」
私の隣に座り心配そうに覗き込む翠の瞳に胡桃色の瞳が重なる。
顔も髪や目の色も全然違うけど、やっぱりは彼は変わらずとっても優しい。
「これからは少し公務をお休みすることがあってレンに迷惑かけると思うけど、家族が増えるからお父さん頑張ってね!」
そっとお腹に手を置き笑ってレンを見つめる。
ビックリしたような表情で言葉が出ないレンだったけど、みるみる嬉しそうに笑うとギュッと抱きしめてくれた。
「リアの分全部やってもいいくらい!いっぱい寝て!大事にして、こんなとこにいていいの?部屋戻る?!」
2人目の妊娠だから経験してるだろうに、慌てふためくレンに笑ってしまう。
そして、
「本当に嬉しい。リア愛してるよ!」
優しくキスをしてくれる。
「あー!父上が母上に甘えている!僕も僕も!!」
小さい頃から甘々な夫婦を見て育ったミライにはこれが日常。
私たちの間に入ってきて、私の頬にキスしてくれる。
「ミライ、母上はオレのだからな」
なんて言いながら、レンは私とミライ2人を大事そうに抱きしめてくれた(あ、3人か!)
その日の夜、ベットで横になって寝る時に、昼間夢に見た前世から気になっていたことを、レンにそっと聞いてみた。
「ねぇ、なんで前世から私が作り笑いをすると、本当は笑ってないって分かったの?私作り笑いすごく上手くて、本当は笑ってないって気づく人なんていなかったわよ」
するとレンは一瞬何を言っているか分からなかったようだが、私の言いたいことがわかると、当たり前だろうと私のおでこをピン!と指先で弾く。
「好きな女の子の本当に嬉しそうな笑い顔がわからない男なんていないよ。莉愛は俺にとって特別に可愛くて大好きな女の子だから、無理に笑っているなんて耐えられなかったしね。前は受け付けで今は公務の時に見せる笑顔は仕事だから仕方ないけど、オレの前ではいつでも本当の笑顔でいてほしいんだ」
弾かれたおでこが痛い!と思ったら、そこに優しくキスをして幸せそうに笑って抱きしめてくれる。
そうか、だから分かったんだ。
それに私もレンにはいつでも本当の笑顔でいてほしい。
またあなたと出会えて、幸せになれた。
これからもずっと一緒に幸せでいたいと、大好きな人の胸に擦り寄り彼の左手を握り締めた。
節分の日に出したかったのに、2日も遅れてしまいました。
節分、豆、坊ちゃんと考えているうちに思いついたお話です。
こんなふうにお近づきになっていければいいなぁなんて思いながら、楽しかったです。
皆さんも楽しい節分を過ごされましたか?