結ばれた、縁 2
まさかこんなことになるとは思わなかった。
部活を終え、帰ろうとして玄関に向かったら、珍しく大きな靄が視えた。
しかもその先に女子がいる。
襲われる前に何とかしなきゃと急いでその場に向かったから、力の制御がいまいち上手くいかず、必要以上の力で黒い靄を消してしまった。
大きな音を立ててしまい、驚かせてしまったようで、縮こまっている。
不可抗力とはいえ、悪いことをしたな。
まぁそのお返しではないが、俺も顎にクリティカルヒットを食らわされたので、おあいこと言うことで。
とりあえず、さっきの靄が彼女にも視えてたなら、このまま一人で帰すのは心配だ。
「心配だし、家まで送るよ」
そう口実をつけて、彼女を家まで届けることにしたんだった。
しかしよく考えたら、あんなことがあった後に、よく知らない男に送ってもらうというのも、如何なものか。
自分で声をかけといて何だが、彼女は警戒心が薄い様で少し心配になる。
「そうだ、声掛け辛いし、名前、聞いていいかな。 私は柊ひなた。あなたの名前は?」
「……柳弦太だ。」
「何年生?」
「ニ年」
「一緒だ、同い年だね」
しまった。
考え事をしていたので、うっかりと名前を名乗ってしまった。 しかも同じ学年となると、廊下でも会えばすぐ気づかれしまう。 関わりを持たないようにしていたのに、とんだ失態だ。
今まで学校の奴らについてたのは、ホコリを払う程度の小さい靄だったので、お互いに名前を名乗るほど親しくなる必要がなかった。 その方が、余計な詮索をされず、俺にとって都合が良かったからだ。
しかし彼女はというと、ついさっきあんな事があったのにも関わらず、何事もなかったかのように俺の隣を歩いている。
彼女にとってはあれは日常茶飯事なのだろうか。
あれ程大きな靄を、彼女が引き寄せたのか、それとも周りで何かが起こってるのか。
さっきの様子だけでは判断出来ない。
暫く注意して様子を見る必要が出てきた。
それにしても、本当にどこにもケガ等してないのだろうか。
心配になり、俺はふと彼女の方に目を向けると、彼女もこちらを向いていた。
そして目が合った途端、ニコリと俺に笑顔を見せた。
不意打ち過ぎて驚いた。
なんでこっちを見て笑ってるんだ。
これ迄、大して人付き合いをしてこなかった俺は、この状況で彼女がこちらに笑いかける理由が解らない。
しかし、なかなかかわいい顔して笑ってくれたので、悪い気は全くしなかった。
「私の家そこだから、ここでもう大丈夫だよ」
「あぁ、そうか。 悪い、ちょっと考え事してて」
まさか、彼女の事を考えていたとは言えない。
「ううん、気にしないで。 送ってくれてありがとう、柳くん」
「……そっちの方こそ、気にしないでくれ。 あと、これ渡しとく」
俺は、鞄の中から小さな巾着袋を手渡した。
「これ何? 可愛い巾着だね」
「その中に塩が入ってる。 さっきのこともあるし、家に着いたら入る前に、自分と玄関に巻いとけ」
「盛り塩だね。 わかった。 ここまでしてくれてありがとう」
彼女はまた笑顔で返す。
ホントに可愛い顔をして笑うなぁ。
よく見ると、彼女の髪に小さい黒い靄がついてる。 やはり寄せやすい体質なのだろうか。
放ってはおけないので、俺は黒い靄を払おうと、彼女の髪に触れた。
するとまた驚かされた。
彼女の髪がうちの猫みたいに柔らかい。
指を通すと益々気持ちが良くて、いつまでも触っていたくなる。
女の髪って皆こんなに柔らかいものだろうか。
「あの……柳くん……?」
彼女の声に、俺はハッと我に返った。
目の前には真っ赤な顔をした彼女がこちらを見ていた。
何やってんだ俺は!
靄を祓う為とはいえ、素性もよく知らない男が、女の髪を撫でるなんて無礼にも程がある。
「悪い! じゃあな!」
俺はその場で彼女に別れを告げ、そのまま全力疾走で家へと向かった。
家に着いてからもずっと、自分の心臓が大きく弾んでいる。 走ったからなのか、自分でも驚くような事をしてしまったからなのか、理由は分からない。
けれど、胸の奥に火が灯った気はした。 この感情は何なのか。 その日は答えが見つからなかった。
俺は今まで感じたことのない胸のざわつきに、やられてしまいそうだった。