第9話 俺と冬乃とクラスメイト
世の中は不公平だ。今でも俺はそう思っている。
しかし、だからと言って、愚痴を吐いてばかりの毎日を俺は送りたくない。
愚痴を吐いていても何も変わらない、だったらどうするか。
自分が変わるしかないのかもしれない。
「今日も一日、退屈な学校生活が始まりますな」
誰に言うでもなく、そんな独り言を吐きながら、俺はリュックを肩に掛け、気怠い足取りで朝の教室の扉を開けた。若干寝不足なのである。
昨夜は冬乃椿の部屋の片付けを手伝っていたせいで、家に帰るのが遅くなり、風呂などの諸々を済ませて布団の中に潜り込んだのは軽々と午前を回った頃だった。もっと正確に言うと、大体二時くらい。
だから寝不足。学校が終わってからもバイトがあるんだから、昨日はもっと早めに切り上げるべきだったな、と俺は俺に反省を促す。まあ、冬乃の部屋が綺麗になったのでそれなりの満足感はあるのだが。
「よお寒崎、朝から冴えない面してやがるな」
リュックを自分の席に引っ掛けて着席しようとしたとき、後ろに座る及川が頬杖をつきながら絡んできた。俺が冴えない面なのは認めるがな、しかし、そう言うお前も同類だからな及川。
「うるさいな、ちょっと寝不足なんだよ」
「なんだよ寝不足って? どうせ夜中までくだらないスマホゲーでもやってたんだろ。いいか寒崎、この高校生というブランディングもあと二年で終わっちまうんだぞ? ゲームやってる暇があるんならな、女子との出会いを求めろよ」
ブランディングという言葉を聞いて、確かにそうだなと俺は思った。高校生というブランドのおかげで、俺はバイトばかりのモラトリアムな毎日を許されているのだから。まあ、大学入ってからもモラトリアムしてるやつは山程いるけど。
「求めたって手に入らないだろうが」
「だからお前はいつまで経っても非リア充なんだよ。いわゆる陰キャなんだよ。男だったら諦めずに、彼女を作ることに全力を尽くせよ。青春しようぜ!」
「及川、そういうお前は彼女できたのか?」
「できるわけねえだろ」
「だろうな」
朝からうるさい及川だが、俺はこいつのことが嫌いではなかった。性格は俺とは真逆と言ってよいのだが、しかしこの欲望に真っ直ぐなところは、俺に足りないところでもあったし、それを羨ましく思ったりもしていたのだ。
「あー、誰か俺に告ってくれねえかなあ。結構な優良物件だと思うぜ、俺は。なんといっても、性欲の強さなら誰にも負けないからな!」
まあ、若干アホではあるが。
「おっはよー、寒崎くん」
ふと俺に、そんな朝のルーティン的な挨拶を交わしてきた女子がいた。
昨日、俺の職場にアルバイトの面接に来て、それから色々あり、一緒に飯を食いに行って、一人暮らしをする部屋に俺を呼び、散らかり放題の部屋を披露したクラスメイト。冬乃椿だった。
「おう、おはよう冬乃」
あれからちゃんとすぐ寝たのか――と言いかけたが、しかし冬乃がアルバイトの面接に来たことや一人暮らしをしていることは秘密にしなければいけなかったことを思い出し、俺はそこまでで言葉を留めた。
「寒崎くん、私がライン送ったのに返事くれなかったでしょ?」
そう言って、冬乃は不満げに頬をぷくりとさせた。俺は「はて?」と言った感じで首を傾げながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。
「あ、ほんとだ。冬乃、俺にラインくれてたんだ」
アプリを立ち上げると、そこにはテンションの高い一言メッセージが一件。冬乃からの『寒崎くんおっはおっはー!』というものだった。着信時刻を確認し、それが朝の七時に送られたものだと分かる。
「ごめんな冬乃、スマホ確認してなかった」
「ひっどーい、せっかく私の方から初めてメッセージ送ったのに」
「ごめんごめん、これからちゃんと確認するから」
そんな会話を交わす俺と冬乃を、及川は何事が起こっているのだという顔をして、二人の顔を交互に見やっている。
「ねえねえ椿、もしかしてー」
俺と冬乃の間に、ニヤニヤしながら割って入ってきたのは雪兎たま子。冬乃と仲が良く、そして冬乃に負けず劣らずの容姿とコミュ力を兼ね備えた、ショートヘアが似合う活発女子だ。
その雪兎のニヤニヤ顔に、俺はなんとなーく嫌な予感を覚えたのであった。まあ、その予感は的中したわけだけれど。
「もしかしてさ、椿の昨日の制服デートの相手って、寒崎くん?」
「なっ――――!!?」
雪兎はいたずらっぽく笑いながら、からかうようにして冬乃に言い、チラリと横目で俺を見るのであった。ちなみに、『なっ!?』と驚いたのは俺ではない、及川である。なんでお前が驚くんだよ。
そりゃ、今まで特に会話を交わすことがなかった俺と冬乃であるから、雪兎からすれば不思議に思うだろう。そして疑いもするだろう。
が、しかし雪兎よ、そんなことは決してないのだ。確かに俺は、制服姿の冬乃と放課後一緒にいた。いたが、しかし現実はアルバイトの面接官としてであり、散らかった部屋を片付ける便利屋みたいなものであり、まあそんな感じだ。デートなどという、リア充なイベントは全くなかった――
と言いたかったが、これも言えないんだよなあ。
「だ、だからたま子! 違うってば! 昨日はちょっと用事があったんだって。別に私、寒崎くんと制服デートとかしてないし――」
「ふーん、じゃあなんで、いつの間に寒崎くんとライン交換してるわけ? 二人とも、昨日までは特に喋ったりしてなかったじゃん?」
「そ、それは……」
雪兎の質問に、冬乃はひくひく顔を引きつらせた。こいつ、ほんと顔に出過ぎだろ。というかな、そもそも制服デートはしてないんだから妙な動揺を見せるんじゃねえよ。お前が秘密にしているバイトと一人暮らしのことがバレるじゃねえか。
「ええと、その……」
冬乃はどう説明すべきなのか困っているようで、焦りを顔に出しながら言葉を詰まらせた。まあ気持ちは分かる、事情が若干複雑だからな。とはいえ焦り過ぎだ。
全く、仕方がないな。
「違うんだよ雪兎。俺と冬乃は、昨日ファミレスでたまたま会ったんだ。それで少し喋ったりして、そのときにラインを交換しただけだよ。デートとかじゃない」
そう、嘘はこのようにつくべきなのである。全部を全部、嘘で固めるのではなく、真実を混ぜつつ嘘をつくのだ。一緒にファミレスにいたのは本当のことだからな。これでひとつ、余計な嘘をつく必要がなくなったわけだ。
で、それを聞いた冬乃はというと。
「寒崎くん――」
助け舟を出した俺を、きらきらした瞳で見つめてくるのであった。昨日の面接のときもそうだったけど、冬乃って何かあるとすぐにこういう目をしてくるよな。助け舟がそんなに嬉しかったのだろうか。というか、気付かれるから普通にしろって。
「ふーん、そうなんだ。ま、そういうことにしといてあげるよ」
そう言って、雪兎はニヤニヤしたまま冬乃の顔をまじまじと見ている。なんか妙な誤解をしてやがるな、雪兎のやつ。
そして、妙な誤解というか。
妙なショックを受けてるやつが若干一名。
「そ、そんな……寒崎が、冬乃とラインを交換……だと……」
及川が唖然とした表情で、半ば放心状態。俺が女子とラインを交換していたことが余程ショックだったようだ。別にそれくらい交換させろよ。もしも俺の方が先に彼女を作ってしまったら、及川は一体どうなってしまうのか心配になるじゃないか。
第9話 冬乃と俺とクラスメイト
終わり
ちょっと間が空いてしまいました、申し訳ないです。風邪で発熱したり、歯医者で歯茎にメス入れられたりで、体調ぐだくだでした。だいぶ回復したのでまた定期的に更新していきます!