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第8話 頑張ります、先輩

 俺は意を決して、リビングに上がり込んだ。


「テキトーに座ってゆっくりしててね。私ちょっと着替えてくるから」

「テキトーに、って言われても……どこに座ればいいんだよ」


 散らかり放題の室内を軽く見渡し、俺はどうにかスペースを探してからリビングの中央あたりに腰を下ろした。冬乃が着ていたであろう衣服に囲まれている状況に、俺は妙な興奮を覚えてしまう。邪念よ、去れ!


「覗いちゃだめからね、寒崎くん」


 そう言い残して口をににまにまさせながら、冬乃はリビングと隣り合った部屋――寝室だろうか――の扉の向こうに消えていった。部屋の扉は半透明の引き戸になっていて、どこまでオシャレな内装なのだと関心してしまう。


 しかしここで、半透明だからこその問題が起こった。


「いっ――――!!?」


 扉を締めたところで、冬乃は寝室の明かりをつけた。するとどうなるか。半透明の引き戸に、冬乃のシルエットが映るわけだ。


 リボンをほどいてからセーラー服を脱ぎ、ホックを外してスカートをするする脱ぐ冬乃の様子が、シルエットで丸分かりになる。制服を全て脱ぎ捨て、下着姿になったであろう冬乃。その冬乃の綺麗なお尻の形がはっきりと分かったところで、俺は背を向けた。さすがに17才の男子高校生には刺激が強すぎる。


「はい、寒崎くん、着替えてきたよ。じゃあ何して遊ぼっか?」


 着替えが終わり、Tシャツにショートパンツという部屋着姿になって、冬乃は寝室から出てきた。女子の部屋着姿を初めて見た俺はドギマギしてしまう。いつも制服姿しか見たことのない冬乃の、プライベートな姿。


「部屋汚いなあ、今度ちゃんと片付けなくちゃ」


 そう言いながら、冬乃は自分も座るスペースを探し始める。そして「ここしか座れないみたい」と、俺の真横にぺたんと腰を下ろした。お互いの肩がくっつかんばかりのその距離感に、俺の心臓は飛び上がりそうになった。


「ち、近すぎないか冬乃? もうちょっと離れた方が……」

「近いかな? でも私は平気だから気にしないでね」


 俺が気にするっちゅうねん。


「一人暮らしして、やっと初めてお友達が家に来てくれた。ふふっ、やっぱり嬉しいね。あ、でもそれだけじゃないや。もうひとつ初めてがあった」

「なんだよ、もうひとつって?」

「私、初めて男の子を自分の部屋に呼んじゃった」


 冬乃はそう、あっけらかんと言ってのけ、楽しそうに「あははっ」と無邪気に笑うのであった。それを聞いて、俺の顔は一瞬で真っ赤になる。まさかこんな俺が、女子の『初めて』になるとは思いもしなかった。しかも、だ。その女子がこんなに可愛い冬乃である。これで平常心でいろと言うのはさすがに無理だ。


「じゃあ寒崎くん、一緒に遊ぼ? 何して遊ぶ? トランプ? UNO? あ、段ボール箱の中に、探せばボードゲームもあると思う――」

「さ、さーて、冬乃! せっかく男手が来たんだ、今から部屋を片付けようぜ! ダンボールでも何でも、俺が運んでやる! さあ、指示を出してくれ、今の俺はやる気に満ち溢れているから何でもするぞ!」


 冬乃の言葉を遮り、俺は勢いよく立ち上がった。そして、わざとらしく準備運動を始めたのである。ヤバいヤバい、なんとか心を平常運転に戻さないと。このままでは本当に俺が狼になり、間違いを犯してしまいそうだ。


 そんな俺を見て、冬乃はきょとんと俺を見つめる。それから「ふふふ」と可笑しそうにして笑った。目を細めて、目尻を下げた、冬乃のあどけない笑顔。いつも教室で見慣れていたはずのその顔が、何故だか今日は『特別』に思えた。


「いいよ、じゃあ今日は遊び中止。一緒にお片付け手伝ってくれる?」

「あ、ああ、お安い御用だ」

「ちょっと重いかもしれないけど、ダンボールを一度端っこに寄せてもらっていいかな? その間に私は服と本を片付けるから。あ! ダンボールの中は絶対に見ちゃダメだからね! またパ……み、見られたくないものが出てきたら恥ずかしいから!」


 少し顔を赤くして、冬乃は俺に念を押した。


 それから俺はダンボールを運び、それを壁の端に集めていく。冬乃はせっせと脱ぎ捨てていた洋服類をハンガーに掛け、ウォークインクローゼットの中に仕舞っていった。


 冬乃は片付けの途中で、何度も漫画本に手を伸ばしサボろうとしていた。俺はその度に注意して、冬乃はその度にぺろりと舌を出した。


 全ての片付けが終わったのは、夜10時を回った頃だった。


 *   *   *


「寒崎くんのおかげですっごい部屋が広くなった! ほら見て、ごろんってできるし! このまま、ここで寝られちゃうし!」


 片付けが終わりスッキリしたリビングの中央で、冬乃は大の字になった。いや、部屋の広さは変わらないぞ。お前が勝手に狭くしていただけだし、それにリビングでは寝るな。


 でもあれだけ散らかっていた部屋がここまで片付くと、やっぱり気持ちのいいものだ。俺はダンボールをただ運んでだけなので、ひとえに冬乃の頑張りの結果だと言える。あとは俺が狼化を避けたおかげ。


「寒崎くんってさ、今まで学校であんまり私に話しかけてきてくれなかったよね。なんで? 私のこと嫌いだった?」


 仰向けの冬乃は顔だけこちらに向けて、そんな質問を投げかけた。


「いや、別に嫌ってたわけじゃないよ。ただリア充が苦手だったのと、そもそも俺は女子が苦手なんだよ。なんかこう、緊張しちゃうというか」

「可愛いー、思春期真っ只中の中学生みたい」


 身を起こし、冬乃は俺をからかう。女子に可愛いと言われた俺は、恥ずかしさのあまり顔を背けた。赤面した顔を見られないように。


「う、うるうさい! と、とりあえず冬乃、今日は俺は帰るぞ。時間もだいぶ遅いし、明日も学校あるし。冬乃は一人暮らしなんだから、寝坊しないように気を付けろよ? 起こしてくれる人がいないわけだし」

「えー、じゃあ寒崎くんが起こしてよ。モーニングコールして?」

「して? じゃねえよ。大体、俺は冬乃の番号を知らないんだから」


 まあ、知らないというのはちょっと嘘なんだけどな。面接のときに渡された履歴書に、ばっちり電話番号書いてあったから。


「あ、そっか。寒崎くんとまだ交換してなかったっけ」


 そう言うと、冬乃はがらりと扉を開けて寝室に入り、そしてすぐに戻ってきた。手にスマートフォンを持って。


「LINE交換しよ、寒崎くん」


 差し出された冬乃のスマートフォンには、IDを交換するためのQRコードが表示されていた。冬乃は嬉しそうに、期待の眼差しを向けて、俺の返事を待っている。そんな顔されたら断るものも断れないだろうが。


「ま、まあ、これから職場も一緒なわけだし、緊急で連絡を取らなきゃいけないこともあるだろうし。LINEの交換は、やぶさかではないが……」

「じゃあ決まり! はい、早く追加して」


 俺はスマートフォンで、冬乃のQRコードを読み取った。するとLINEから、友達を追加した旨の通知が送られてきた。追加した友達の名前は『つーちゃん』。冬乃は家族から『つーちゃん』と呼ばれているのだろうか。椿のつーちゃん。


 そして俺は玄関に向かい、ドアを開けて外に出る。

 冬乃は手を小さく振って、俺を見送る。


 今日は色々あった、長い一日だった。


「それじゃあ、明日からアルバイトよろしくな、後輩」

「はい! 一生懸命頑張ります、先輩!」


 それから、「おやすみなさい」と、二人は声をかけ合った。

 俺がドアを閉めるまで、冬乃はこちらに手を振り続けていた。



 第8話 頑張ります、先輩

 終わり

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