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第7話 あるじゃん

 俺の強固なる自制心ってなんだったんだろ。


 一人暮らしをしている女子の部屋なんかに入って、俺は正気を保っていられるのだろうかと考えながら、冬乃と肩を並べて夜の道を歩く。


「もう少しでお家着くよ」


 冬乃は平然と、いつも通りのお気楽トーンでそう言った。これから男子を部屋に上げようというときに、どうしてこいつは平静を保っていられるのだ。


 俺はといえば、先程から心臓がばくばくと言い始め、なんなら軽く息もしづらくなっているというのに。我ながら、俺はノミの心臓である。


「な、なあ冬乃? やっぱり今日はやめにしない? せめて昼間にしようぜ」

「なんで? 昼間は学校でしょ?」

「そ、そりゃそうなんだけど、でも、やっぱりこんな夜に、男女が部屋で二人きりになるってマズイと思うんだ」

「あはは、大丈夫だって。私、寒崎くんのこと信用してるから」


 そして冬乃は楽しそうに鼻歌を歌いながら、軽快な足取りで歩を進める。

 俺って、男として見られてないのかな。


「着いたよ寒崎くん。ここで私、一人暮らししてるの」


 少しうつむき加減で歩いていた俺は、冬乃の言葉を聞いて立ち止まり、そして顔を上げた。想像していたものと、だいぶかけ離れた建物が目に入る。


「何? このオシャピーな建物は」


 いわゆるデザイナーズマンション、というのだろうか。伝統建築とモダン建築を組み合わせたような、三階建てで三角形をしたマンション。俺はてっきり、ボロっちい小さなアパートだろうと想像していたのだ。だってさ、家出少女だぜ? まだ高校生だぜ? こんなオシャレなマンションに住んでるなんて誰も思わないじゃん?


「オシャピーって何?」

「オシャレピープルのことだよ、気にするな。それよりもここ、一体家賃どれくらいするんだよ? お前、お金ないって言ってただろ?」

「んー、家賃は分からないなあ。親戚の叔父さんがタダで住まわせてくれてるから。ていうかここ、そんなにオシャレかな? 普通だと思うんだけど」


 お前の『普通』の基準を知りたい。これが普通だというのなら、俺の家は普通ではなく、もしかしたらウサギ小屋か何かなのかもしれない。もしかして冬乃の実家ってお金持ちなのか? オシャレ一族か? だから俺と感覚が違うのか?


「早く部屋に行こう、寒崎くん。ほらほら、レッツゴー!」

「ちょ、ちょっと待て冬乃! 俺を置いて先に行くんじゃない! 色々と心の準備ができてねえんだよ!」


 冬乃はエントランスに入ると、慣れた手付きで、壁に設置されているカードリーダーにカードキーをセットした。すると重厚な木目調の扉が自動で開かれる。オートロックって初めて見た。


 扉の向こう側に見える、螺旋階段。冬乃は真っ直ぐ進み、迷いなく階段をとんとんと、ステップを踏むようにして軽快に上っていく。


「エレベーターがないのが難点なんだよねえ。三階まで歩くの面倒くさくて」

「文句言うなよ、タダで住まわせてもらってるんだろ? もっと、その親戚の叔父さんとやらに感謝をするべきだ」

「むう、分かってるよ。でも面倒くさいものは面倒くさいの」


 そう言って、冬乃は頬をぷくりと膨らませて不満を顔にした。


 螺旋階段を上りながら天井を見上げると、そこには大きな天窓――いわゆるトップライトがはめ込まれていた。昼間だったら太陽の光が差し込んで綺麗だろうなあ、なんてことをぼんやりと考える。


 階段を上りきると、すぐ目の前に玄関のドアが現れた。周りには他の部屋はないようで、つまり、三階は冬乃一人のための空間ということになる。なんて贅沢な造りなんだよ、俺だってこんな素敵な家に住めるなら一人暮らししてみてえよ。


「あ、ちょっと部屋散らかってるけど気にしないでね」

「気にはしないけど、見られたくないものあったら先に片付けてきた方がいいんじゃないのか? 俺、外で待ってるからさ」

「大丈夫大丈夫、さあ、入って入って!」


 あっけらかんとそう言って、冬乃はキーを回し、ガチャリとドアを開けた。


 生まれて初めて、俺は今から女子の部屋に足を踏み入れようとしている。否が応にも緊張し、胸がドキドキと高鳴った。すーっと息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。深呼吸。そして唾をごくりと飲み込んでから、「お邪魔します」と一言。


 俺は玄関で靴を脱ぎ、禁断の園へと踏み込んだ。

 玄関からまっすぐ伸びた廊下を進み、先に見えるリビングに入った、そのとき。


 目に飛び込んできたものは――


「なっ――――!!!?」


 高校生がタダで住まわせてもらうには贅沢すぎるだだっ広いリビング。まあ、それはいい、いいんだ。俺が驚いたのはそこじゃない。


「えへへ、お友達が初めて家に来てくれた。なんか嬉しい。さあ寒崎くん、どこでもいいから気にしないで座って。ゆっくりくつろいじゃってよ」


 それは、リビングに積まれたダンボールの山。そしてそのダンボールには必要なものを探していたのか、中身を引っ掻き回した跡がうかがえる。


「お前さっき、『ちょっと』散らかってるって言ったよな?」

「ん? 言ったけど?」


 そしてリビングに散らばった、脱ぎ捨てられた洋服類。色とりどりの可愛らしい洋服たちが、床が見えないくらいに散乱している。なんなら積もっている。


 極めつけは、漫画や雑誌やらの本。投げ捨てたんじゃないのか、という具合に、あちらこちらでページが開かれた状態のまま読み捨てられていた。


 で、その散らかった部屋の一角に置かれた、とあるもの。それを見て、俺の身体はしばし固まってしまった。


「ん? どうしたの寒崎くん? 固まっちゃって……あ!!」


 下着類。白やピンクや水色や赤や、素材はスタンダードなものからレースやコットンやらのショーツとブラジャーが山になって置かれていたのだ。


「あ、あああああああーーーー!!」


 下着の山に向かって、冬乃はダイブ。俺に背を向け、慌てて下着類をかき集めるようにして抱え込んだ。で、ダイブしたときにスカートはふわりとめくれて、面接のときにも見た白パンツがチラ見えするし。どんだサービスがいいのだ、この娘は。


「寒崎くん! いいって言うまで後ろ向いてて! あーもう、忘れてたー……見られちゃいけないものあるじゃん……あ! 言っとくけど、ちゃんと全部洗濯してあるからね! うう、恥ずかしい……」

「見てない見てない、俺は何も見てないぞ」


 言われた通り、俺は冬乃に背を向けて、『見られちゃいけないもの類』が片付けられるのをただただ待ったわけであるが、俺の顔はカーッと熱くなり、収まりかけていた胸の高鳴りが再びドキドキと始まったのでる。


「はい! パンツとブラ片付けたよ! いいよこっち向いても!」


 と、言われたけれど、向けない。冬乃の顔が見られない。こっちが恥ずかしくて。

 やっぱり俺、今からでも帰ろうかな。



 第7話 あるじゃん

 終わり

※次回更新は明日、3月20日(日)15時になります。

よろしくお願いします!

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