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第6話 やぶさかではない

「ごちそうさまでした」


 全ての料理を食べ終えた冬乃は両手を合わせて、生き物への感謝とそれを料理してくれた人への感謝の言葉を述べた。


 ちなみに最近、SNSで『サイゼリヤ論争』が巻き起こったが、冬乃はサイゼリヤ大好きっ子であった。特にミラノ風ドリアがお好みのようで、「300円でこんな美味しいものを提供してくれるサイゼは神」とまで言い切った。それには俺も同意見だ、お金のない高校生にとってサイゼリヤは神のような存在なのである。


「ねえねえ寒崎くん、本当におごってもらっちゃっていいのかな? 私もちゃんとお金払うよ? 少しだけなら今も持ってるし」


 テーブルを挟んで対面に座る冬乃はそう言った。


「いいんだよ、甘えられるときは甘えておけって。家出してきて色々大変だろうから、バイト代が出来るまでならたまに連れてきてやるよ」

「えへへ、ありがとう、じゃあ今日はお言葉に甘えちゃおうかな。雑貨屋さんでアルバイトかあー、なんか夢みたいだなあー。私の夢がひとつ叶っちゃったよ」


 そう言いながら、冬乃は頭に付けてあった髪留めを外して、それを手のひらに置いて俺に見せてきた。椿の花の形をした、和風の髪留め。


「これね、私が小さい頃に雑貨屋さんに行ったとき、この髪留めに一目惚れしちゃってね。それでお母さんが私にプレゼントしてくれたんだ」


 冬乃はそれを見て懐かしそうに、目を細めた。


「それからかな、雑貨屋さんで働きたいって思うようになったの。その夢が叶ったのも、全部寒崎くんのおかげ。親の同意書がないとダメって言われたとき、私どうしようかと思ったもん」

「いや、俺の方がどうしようかと思ったぞ。だってお前あのとき、『お願い寒崎くーん!』って泣きじゃくるしさ。鼻水垂らしながらな」

「え、うそっ!? あのとき私、鼻水出てたの!?」


 慌てて鼻のあたりをごしごし手で拭いだした冬乃だったが、いや、今も鼻水垂らしてたら俺は笑って食事どころじゃなかったわ。


「嘘だよ、出てなかった。からかっただけ」

「むっ……からかうとか寒崎くんヒドイ。それに、嘘つくのは悪いことなんだよ? 全部自分に返ってきちゃうんだからね?」

「いや、お前それ、思いっきりブーメランだぞ? 『社会勉強のために!』とか言って、さっき思い切り嘘ついてたじゃん」

「うっ、それは……」


 冬乃は口を尖らせて、ちょっと申し訳なさそうな顔をした。まあ、嘘をついたとは言っても、冬乃のさっきの嘘は誰を傷付けるものでもないから、さして問題はない。ただ、それよりも、そんな嘘をつかねばならなくなった現状――親とケンカをして家出をした現状の方が、大いに問題ありなのである。


 一緒に働いていく内に事情を把握して、俺も少しでも力になれればいいんだけどな。

 とか考えていると、冬乃は口をにまにまさせながら、テーブルに身を乗り出して俺の服の袖口を引っ張ってきたのである。テーブルに乗るな、お行儀の悪い。


「ねえ寒崎くん、今から私の家に遊びに来てよ」

「……はあ?」


 冬乃の誘いに、俺はついあんぐりと口を開いてしまった。「遊びに来てよ」と言われても、冬乃は今、一人暮らし中なのである。しかも、彼氏もいるリア充なのだ。そんな女子の部屋なんかに遊びに行けるわけないだろうが! しかも今は夜だぞ! 俺の目の前で開脚してみせたりと、こいつは色々と警戒心がなさすぎる。


「……嫌だ」

「えー、なんで?」

「……お前がリア充だから」

「え? リア充? どういう意味?」

「冬乃って彼氏いるんだろ? リア充なんだろ? 教室で雪兎と話してるのが聞こえてきたんだよ、制服デートしてるとかなんとか……」

「え!? 私、か、かかか、彼氏いたの!?」


 冬乃は両手を口元に当てて驚いてみせた。いや、「いたの!?」じゃなくてだな。今、お前の話をしてるんだからな?


 しかし、冬乃は首を傾げ、不思議そうに俺を見た。それから指を口元に当てて、心当たりを探しているみたいだ。そして、


「うん、やっぱり私、彼氏いないみたい」


 と、結論を出したのであった。

 何だったんだ、今の不思議な時間は。


「ねえお願い! 寒崎くん、私の家に遊びに来てよ。一人暮らしってさ、すっごい寂しいんだよ? 内緒にしてるからだーれも遊びに来てくれないしさ」

「内緒にしてて誰か来たら、逆に怖いけどな」

「私の事情を知ってるお友達って寒崎くんだけなの。寒崎くんが遊びに来てくれなかったら、私、今夜も一人寂しく漫画読んで過ごすしかなくなっちゃうの。一人暮らししたらお友達呼ぶのが夢だったの。お願いです、この通り!」


 両手をパンッと合わせての、冬乃の懇願。必死だなおい。


「いや、でも冬乃、さすがにマズイだろ? もう夜の八時だぜ? 一人暮らししてる女子の部屋に入るとか、俺にはできな――」

「いやいや大丈夫、寒崎くんのこと、私、信用してから。ねえー、寂しいのー! 一人はもう嫌なのー! 誰かと一緒にお家で遊びたいのー!」


 足を交互にぱたぱたさせて、まるで子供である、駄々のこね方が。一人が寂しいんだったら家出なんかするなよ、一人暮らしなんかするなよ。あと、俺のことを簡単に信用するな、男は狼って昔から言うだろ? いや、今までの俺の人生、ほぼほぼ室内犬かチワワみたいなもんだけど。


 冬乃は人懐っこい笑顔でもう一度、「お願い」と、俺に念を押してきた。いや、ここはハッキリと断るべきだ。俺が冬乃のことをなんとも思っていなくても、間違いというのは思いがけず起こってしまうものだ。


 特にこの冬乃、見た目はこれ以上ないというくらい可愛いわけだ。はっきり言ってタイプだったりするんだ。俺の強固なる自制心がぐらつかないという確信もない。どんなに冬乃が俺を信用してくれていようが、だ。


 冬乃には申し訳ないが、ここはしっかりと、丁重にお断りしよう。


 が、しかし


「一生のお願い! ね? 寒崎くん?」


 冬乃の愛嬌のある、上目遣いで俺の顔を覗き込むようにしてお願いする姿を見ていたら、あら不思議。


「……まあ、ちょっとだけなら、やぶさかではない」


 俺の自制心、簡単にぐらついた。



 第6話 やぶさかではない

 終わり

 更新日についてご連絡がございます。

 申し訳ございませんが明日、3月18日(金)は更新をお休みさせて頂きます。

 次話は3月19日(土)19時に更新致します。よろしくお願い致します。

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