第4話 私、一生懸命働くから
面接は続く。冬乃が開脚白パンツを堂々披露しようが、続く。
若干、冬乃の顔を直視できなくなってるけどな、恥ずかしくて。高校二年にもなって何を動揺しているんだと言われそうだが、言っておくが俺は童貞だ!
「寒崎くん、では次の質問をどうぞ」
完全にイニシアティブを取られている気がする。
冬乃はすっかり緊張感が解けたのか、面接を始めた当初よりも表情を柔らかくしている。まあ自然体のまま挑んでもらった方が、素の回答が聞けそうで俺も助かるっちゃ助かるんだが……面接官に「どうぞ」っていう志望者はどうよ。
「じゃ、じゃあ冬乃、お前の長所を教えてくれないか? クラスが一緒だから、俺も何となくは理解しているつもりなんだけど、やっぱり冬乃のことは冬乃自身が一番よく知っているだろうからな」
この質問の意図は、冬乃が自分をちゃんと理解しているのかどうかである。自己分析と言うんだろうか、それがしっかりしている人間は思いがけないトラブルが起きても客観的に事態を把握し、冷静に、そして適切に対処することができたりするのだ。まあ、叔母さんの受け売りだけれど。
「はい! 私の長所は明るくて、誰とでもすぐに仲良くなれることです!」
快活に、そして明朗に冬乃は答えた。人懐っこい笑顔を俺に向けながら。
確かにまあその通りで、冬乃はクラスでも人当たりがよく、すぐに皆んなの輪に溶け込むのが得意だという印象がある。はっきり言って、俺なんかよりもずっと接客業に向いていると言える。きっとお客さんに対しても明るい接客をしてくれるに違いなく、それはウチの店にとって最も望ましい人材でもあった。
「ありがとう、俺もそう思うよ。冬乃ってコミュ力高いもんな」
「えへへー、それほどでも。人だけじゃなくて犬や猫ともすぐ仲良くなれちゃうんだよね、私。ムツゴロウさんにも勝てちゃうかも」
冬乃は照れながら頭をかいた。ちょっと調子に乗りやすいところはどうかと思うが、それも含めて冬乃の魅力なのだと俺は思った。
が、しかし。
次の質問で冬乃が意外な反応を示す。
「よし、じゃあ次。冬乃の短所を教えてくれ」
「た、短所……」
目をぱちくりして俺を見つめながら、冬乃は真顔になってしまった。
それから「うーん」と考え込み始め、太ももの上に置いた自分の手を見つめながら眉をしかめる。
それから何かに気が付いたようにハッと目を見開くと、カーッと顔を赤面させたのだった。その顔は熟れたリンゴのようであり、今すぐにでも収穫できそうできそうである。何? 冬乃は今、何を考えているの?
「わ、私の短所は……」
あまりに恥ずかしそうな反応を示した冬乃を見て、俺はちょっとどぎまぎしてしまう。こいつ、今から何を言い出そうとしているんだ?
「私の短所は……あの、ちょっとだけ……ちょっとだけエ――」
「ちょっと待て! 冬乃落ち着け、お前は今から何を言い出そうとしているんだ? いや、言いたくないことだったら別に言わなくてもいいから! 人間誰にだって短所はある! そう! だから気にすることなんて全然ないんだ! それにたぶん、お前が言おうとしているそれは短所ではない!」
何やらアブナイ気配を感じた俺は、咄嗟に冬乃を静止したのだった。
すると、顔を真っ赤にさせていた冬乃は安心したように頬を緩め、目尻を下げた。
「良かったー、もう少しで言っちゃうとこだったよ。寒崎くんって優しいね」
なんて言葉を、柔らかな笑みを浮かべた冬乃に投げかけられ、今度は俺が赤面する番となってしまう。女子に「優しい」なんて言われたの、生まれて初めてだ。
「や、優しくなんかないだろ? 普通だ」
「そうかな? 私は優しいと思うけど。それに寒崎くんってぶっきらぼうなところあるけど、クラスでもちゃんと周りを見てるっていうか、空気を読んでくれるっていうか、結構しっかりしてるとこあるよね。なんか頼れそう」
そんなふうに思われていたんだ、と余計に恥ずかしくなってくる。
「お、俺のことはいいから! 今は冬乃の面接中! ……えーっと、こちからの質問は終わり。最後に冬乃、お前から何か質問はあるか?」
「寒崎くんの短所って何?」
「俺の面接を勝手に始めるんじゃない!」
かくして、冬乃の面接は終了した。
今回の面接で分かったこと、それは冬乃が面接であっても、その冬乃節を貫き通そうとするところだった。はっきり言って、それでは他のお店やらでは不採用となってしまうかもしれない。でも俺は逆に、そこが冬乃の良い点なのだと思っている。無理に社会に迎合しようとするやつなんかより、ずっと人間味がある。
そして俺は、冬乃と一緒に働いてみたいと、
そう、素直に感じたのだった。
だから俺は、冬乃にこう伝えた。
「なあ冬乃? 良かったらウチで一緒に働かないか?」
俺のこの言葉を聞いたとき、冬乃はただでさえ大きな目をより大きくして、驚いた顔を見せた。しかしその後すぐ、その瞳をキラキラと輝かせ、希望に溢れさせたのだった。未来への希望を、溢れさせた。
「い、いいいいんですか! 寒崎くん、さん!」
嬉しさのあまり、冬乃は椅子からガタリと立ち上がった。
「別に『さん』付けしなくてもいいって。冬乃を採用したいってことは、この後叔母さんに伝えて、俺がちゃんと了承を得ておくからさ、冬乃さえよければ、ぜひ明日から一緒に働いてもらいたいんだ。最初は俺が一緒にシフトに入って色々教えるからさ。どうだ冬乃? ウチに来てくれるか?」
「あ……ああ……」
冬乃は両手で口元を覆い、目にはうっすらと涙を浮かべた。そして長い髪をバサッと勢いよく垂らし、深々とお辞儀をするのであった。
「ありがとうございます寒崎くん! 私……私! 一生懸命働くから!!」
顔を上げた冬乃はやる気に満ち溢れた表情を見せる。そして手を天高く突き上げるようにして、「やったー!」と喜びを腹の底から湧き上がらせた。こんなに喜んでもらえるだなんて、この店で働いていてちょっと良かったかな、なんて俺も思ったりした。少しは退屈な毎日がまぎれるかもな、とか。
でも、俺の続く言葉に。
「それじゃあ冬乃、後で用紙を渡すから親の同意書をもらってきてくれないか? 冬乃も俺も高校生だから、働くには親の同意が必要なんだよ」
「……え」
冬乃は顔を、一瞬にして曇らせたのだった。
第4話 私、一生懸命働くから
終わり