第27話 過去と未来と現在【前編】
さて、自転車の二人乗りをお巡りさんに見つかることなく、注意されることなく、無事にアルバイト先に到着した俺と冬乃はいつも通り店を開けた。そして店内の軽い清掃から始め、いつお客さんが来てもいいようにと準備万端で、二人してカウンターで肩を並べて立って待つ。
がしかし、この日はいつまで経ってもお客さんは来ることなく、ただただ二人で待ちぼうけ。ということで俺と冬乃はすっかり気も緩み、完全に雑談トークへと突入してのであった。ただちょっと、この日の冬乃は少しいつもと様子が違っていた。
「やだー寒崎くんったら、私そんなにバカじゃないし」
「痛っ! 肩を叩くな! しかも結構な勢いで叩くな! もし俺がマッチ棒だったら今頃ポッキリ腕が折れてるところだぞ!」
今日の冬乃はやたらと俺にボディタッチをしてくるのであった。
「寒崎くんってマッチ棒だったの?」
「例えだよ例え」
「まあ確かにマッチ棒みたいな腕してるけど」
「……人が気にしてることを。細身で悪かったな」
冬乃は確かに人懐っこい性格ではあったのだが、今までは決してボディタッチをしてくることはなかったのだ。だが今日に限って言えばめちゃくちゃしてくる。お前は漫才のツッコミ役かよってくらいにタッチしてくる。いや、あれはタッチというか叩いているんだけど。まあそういうお仕事だしな。
「ちょっとは鍛えなよ。そんなんじゃ好きな女の子のこと守れないよ? 寒崎くんに彼女ができて暴漢にでも襲われたら助けられないよ?」
「生憎、彼女ができる予定なんてないからいらぬ心配だな」
「分からないよ? 急に誰かから告白されるかも」
冬乃の言葉で、先日の雪兎が言っていたことを思い出した。そういえば冬乃のやつ、中学時代に告白したことあったんだっけ。彼氏がいたんだっけ。それでたった一日でフラレてしまったんだっけ。
正直、すっげー気になる。冬乃はその前彼さんと一体どこまでシタのだろうか。やっぱり手とか繋いだりしたのかな。くっ……この冬乃と手を繋いだとかことがあるとか、前世でどんな徳を積んだんだよ。俺だって繋ぎてーよ。ラブラブしてーよ。イチャイチャしてーよ。あわよくば、き、キスとかさ。
あー、我ながらキモい発想だし、その発想がまんま中学生のそれだな。
「どしたの寒崎くん? なんか眉間にシワ寄ってるよ?」
冬乃は俺の顔を下から覗き込むようにして言った。その顔の距離があまりに近く、冬乃の艷やかで柔らかそうな唇が否が応にも目に入り、気になってしまう。この唇を誰かの唇と重ねたことがあるのだろうか。だとしたら相手が羨ましいことこの上ないし、恨めしいことこの上ないね。
「……別に。ちょっと考え事してただけだ」
「何を? エッチなこと?」
「この世界のどこに眉間にシワを寄せながらエッチなことを考えるやつがいるんだよ。というか、どうしてそんな疑問が湧いて出てきた」
「いや、さっきから私の唇ガン見してるから」
俺は咄嗟に目線を外す。ヤバい、バレてた。というか俺、冬乃の唇ガン見してたんかい。やっぱり俺の頭、思春期の中学生かよ。
「な、なあ冬乃」
「なあに? 改まっちゃっって」
ついだった。
つい思っていたそのままを俺は口にしてしまった。
「お、お前、彼氏いたことあるんだってな」
冬乃はその言葉に驚き、目を見開く。しかしそれは一瞬のことで、すぐにいつも通りの冬乃に戻った。しかし、冬乃の顔が曇り始める。
「……誰に聞いたの?」
冬乃は静かにそう訊いた。
「……すまん、雪兎から聞いた」
「たま子、お喋りすぎるよ」
二人きりの場の空気が一瞬で重くなるのを感じた。ヤバい、これ地雷だったか? いやいや地雷だろ、普通に考えて。だって冬乃はたった一日でフラれたんだぜ? 普通訊かれたくないし、知られたくもないはずだ。
俺はサイテーで、そしてデリカシーのないことを訊いてしまったんだ。
言ってから、俺は心底後悔をした。自分を嫌悪した。
がしかし、冬乃は笑顔を作り、そして笑った。
「あはは、そうなの。私彼氏いたんだ。寒崎くんがどこまで知ってるか分からないけど、一日でフラれちゃったんだけどね。可哀想でしょ?」
俺は何と言えばいいのか分からず黙り込んでしまった。しかし冬乃は笑顔を崩さぬまま、そのまま話を続ける。まるで過去を精算するかのように。全てを話し、俺にその過去を知ってもらうためかのように。
「付き合ってたのは中学時代なんだけど、私ってさ、実は面食いなんだ。その人と同じクラスになって一目見ただけで好きになっちゃって。それで私から告白したの」
「そ、そうなのか」
思った以上に、冬乃の言葉に俺にダメージを受けた。冬乃が誰かを好きになり、告白をした。過去とはいえ、その現実があまりに俺の心に重くのしかかる。しかも面食いなんだぜ? 俺の顔? 中の中だ。カッコいいなんて、決してお世辞にも言えないね。顔には割とコンプレックスあるし。
「でね、私って結構尽くすタイプなの。それで告白をオーケーしてしてもらって、付き合えることになってから、今までしたかったこと沢山してあげたの。想いも沢山伝えた。ラインも夜中に何度も送ったりした」
そして――
「何度も好きって伝えた」
俺は一番聞きたくなかった言葉を、冬乃の口から聞いた。何度も伝えたくなるほど、冬乃はそいつのことが好きだったのだ。一瞬にして、俺の心が重くなる。暗くなる。空笑いが出そうになるほど、顔が引きつる。
そのとき初めて、俺は自分の気持ちに気付くことができた。
俺は冬乃を。冬乃椿を好きだったのだ。
「でもね、それがその人からしたら重かったんだって。次のお日、突然すっごい冷めた態度で別れようって言われちゃってさ。それからその人、私のことを無視するようになって。こんなに辛い思いをするんだったら、恋なんて二度としないって、そのときに決めたの。もう傷付きたくなんかないって、そう思った」
「……ごめん」
精一杯の一言。その一言を言葉にするだけで、俺は精一杯だった。しかし冬乃は俺の言葉に慌ててかぶりを振ったのであった。
「ち、違う違う! 寒崎くん謝らないで! そうじゃないの、そのとき私気付いたの! 私はその人の外見しか見てなかったんだって。その人の顔しか好きじゃなかったんだって。結局、私がバカだったんだって。そう、気付いたの。だから私、今度はちゃんとその人の内面を見て好きになろうって、そう決めたの」
そして冬乃は話を締めるように、静かに言葉を置いた。
「寒崎くん、バイト終わったらちょっと時間もらえない、かな」
第27話 過去と未来と現在【前編】
終わり
今話は長くなりそうなので前編ということにしました。たぶん前編、中編、後編になるのかな。この章の区切りをつけます。
そして、いつも応援ありがとうございます。こんなに更新が不定期な作品なのに追ってくださる皆さまには感謝しかありません。本当に、ありがとうございます!




