第24話 ダメ
「私が学校でからかわれた日があったでしょ? あの、その、寒崎くんと、つ、付き合ってるってたま子に散々言われた日。あのあとにたま子が及川くんにライン交換しようって言われたんだって。それからしつこく連絡が来てたみたいなんだけどさ、それで今日のデートに誘われたんだって」
冷静さを取り戻した俺は、冬乃の説明を大人しく聞いていた。さっきはちょっと取り乱しすぎた、反省している。
しかし及川、いつの間にラインなんか交換してたんだよ。非リア充仲間として許しがたし……って、あれ? いやいや待て待て。俺も冬乃とラインを交換しているじゃないか。及川のことは決して責められない。というか……
もしかして俺、リア充に片足突っ込んでる?
「だからさ寒崎くん、及川くんのことちゃんと応援してあげて。そんなにリア充爆発しろとか言ってると、結局自分に返ってきちゃうよ?」
「はい、すみません……」
なんか普通に諭されてるんですけど、冬乃に。というかこいつは俺よりもずっと大人だ。しかし雪兎が言うには、冬乃には中学時代に彼氏がいて、でもたった一日で別れたという。こんなにいいやつなのに、なんで前彼はなんで冬乃と別れたんだ? 贅沢にも程があるだろ。
あと冬乃自身も本当の自分はなんたらと言っていた。俺からしたら全く問題がないように見えるんだけど。……訊きたい。色々と、特に前彼とどんなことがあったのか冬乃に訊きたい。でも俺、前彼の話を聞いたら絶対に落ち込む、だから訊きたくない。
なんなのさ、この矛盾。
「もしかしたら及川くんと付き合っちゃうかもしれないのかあ。はー、いいなあたま子、デートできて。ねえ、寒崎くんもそう思わない?」
「……正直、羨ましい」
羨ましいとは言ったが、俺の本音は若干違う。正確には悔しいのだろう。誰に対して悔しいんだって? 及川か? いや違う、自分自身に対してだ。
そう、自分に悔しい。自分自身に対して悔しい。だって積極的に行動したからこそ、及川は雪兎をデートに誘うことができたんだ。なのに俺はどうだ? 一緒に星を見た日、俺は気付いたはずだろ? 今、目の前にいる冬乃に対して抱いている感情に。
特別な感情に。
本当はそれに気付いているんだろ。
だったら俺も、
「なあ冬乃」
「なあに、寒崎くん?」
行動するしかないんじゃないのか?
積極的に動くべきなんじゃないのか?
じゃないと、俺はいつまでたってもこのままだ。
「今度、俺と一緒にデートしてくれないか?」
「え――」
冬乃は表情ひとつ変えず、ただ黙って俺の目を見つめていた。俺は俺で、柄にもなく真面目な顔をして冬乃を誘った。このときの俺はもし断られたらだとか、拒否されたらだとか、そんなことは一切考えていなかった。
冬乃を誘いたかった。デートに誘いたかった。
冬乃と一緒に、特別な時間を過ごしたかった。
その気持ちだけで。一心で。
俺の口から自然と出た言葉だった。
「冬乃?」
冬乃は頬を紅色に染めて、視線を下に落としたまま黙ってしまった。
――ダメだ、この反応は。
俺は全てをぶち壊した。せっかく冬乃と作った楽しい時間を、その場の雰囲気を読むことなく、俺は自分でぶっ壊した。段々と後悔の念が、そして断られることへの恐怖心が俺の心の内に湧いてきた。はっきり言って、逃げ出したかった。答えを聞く前に逃げ出して、この場からいなくなってしまいたかった。
傷付きたくなかった。
振られるのは、嫌だ。
「ダメ」
冬乃はゆっくりと、静かに、重い言葉を置いた。
「……ははっ、そっか」
俺はから笑いをするのが精一杯だった。そして肩を落とし、うなだれる。
勇気なんていらなかった。勇気を出したから、俺は傷付いた。
傷付くのが怖かったから、
俺は今までずっと逃げてきたっていうのに。
「寒崎くん、ごっこ遊びは続いてるんだよ?」
さっきとは違う冬乃の明るい口調に、俺はハッと顔を上げた。目の前には微笑みを浮かべた冬乃がいた。俺の目をまっすぐ見つめて、柔らかい微笑みを浮かべながら。俺だけに笑顔を投げかけながら。
「デートもいいけどさ、今の私達は新婚さんなわけだし、デートよりももっとお似合いの誘い方があるんじゃないかな? ねえ、寒崎くん?」
「お、お似合いの誘い方? な、なんだよそれ」
そして冬乃は満面の笑みをニカッと浮かべて、
こう言ったのだった。
「もちろん、新婚旅行」
一瞬状況が飲み込めずに固まってしまった。
しかし刹那、俺は
「えーーーーーー!!!?」
と、大声を上げたのであった。よほどうるさかったのか、冬乃は咄嗟に両手で耳をふさいで、そしてけらけら笑いだしたのである。
「あはははっ! 寒崎くんってやっぱり可愛いー! 私が『ダメ』って言ったとき、ものすごい顔してたよ。この世の終わりみたいこーんな顔」
「ちょ、ちょっと待てよ冬乃? 新婚旅行って、どういう意味だよ?」
「え? そのまんまの意味だけど? 一緒に旅行に行こうって話」
マジかよ!? ヤバい、なにこの展開!? きっぱりはっきり断られたと思ったら、いきなりその上を行く返答が返ってきたことにびっくりだ。旅行だって? 冬乃と二人きりで? デートなんかの比じゃないじゃないか!!!
「あー、でもあれだよね。アルバイトがあるから、行けるのは日曜日だけなんだよね。残念、日帰りでしかいけないね。寒崎くんそれでもいい?」
俺はうなずいた。うんうん高速でうなずいた。日帰りとかそんなの関係ないし。冬乃と一緒に旅行に行けることが嬉しいんだし。
そして冬乃は俺を見つめ、もう一度微笑んだ。さっきとはちょっと違う、照れくささの混じった微笑み。そんな微笑みで、冬乃は俺に願った。
冬乃らしい、照れ隠しのごっこ遊びを続けながら。
「えへへ、じゃあ約束。今度私を旅行に連れて行ってくださいね、あなた」
第24話 ダメ
終わり




