第23話 あーん返し
「えへ、やっぱり美味しいって言ってもらえるとすごく嬉しいね、やっぱり私ってお料理の才能あるのかもしれないなあ。これからもっと頑張ろっと」
そう言って冬乃は満足そうに胸を張った。頑張ってたもんな、きんぴら作り。初めてでこれなら確かに冬乃には料理の才能があるのかもしれない。
しかし、今日はずっと冬乃にからかわれ続けている。冬乃の思うがままというか。しかしだ、このまま大人しくからかわれ続けている俺ではない。これでも結構負けず嫌いの俺なのである。
「はい、今度は椿の番。あーんして」
「え?」
冬乃は全く想定外だったという顔をして引きつった。そしてすぐに、みるみる顔を真っ赤にした。いい反応だ、こちとらからかいがいがあるってもんだ。
「わ、わた、私はいいよ! 私が寒崎くんに食べさせるんだから!」
慌てて「あーん」を回避しようとする冬乃。よしよし、『あなた』呼びが『寒崎くん』呼びに変わっている。こいつ完全に素に戻っているな。
「ダメ、冬乃が『あーん』してくれたんだから、俺も『あーん』をしてあげるべきだ。俺は礼を重んじる男なんだよ」
「い、いやいや寒崎くん? お礼なんて気にしないでいいんだよ? わ、私は普通に食べるから、ほら、冬乃くんも冷めない内に早く食べて――」
「いいや、いいんだ。遠慮するなって。ちょっと待ってろ」
俺はブリの照り焼きを箸でひと口サイズにしてから、それを冬乃の口元に持っていく。真っ赤な顔をさらに真っ赤にする冬乃を見ていると、俺は妙な興奮を覚えた。照れてる女子を攻めるってなんかサイコー。
「はい冬乃、あーんして」
「つ、椿って呼んで」
「分かったよ、それじゃ椿。はい、あーん」
カーッと顔を赤くしたまま、箸でつままれたブリを凝視する冬乃。恥ずかしさのあまり俺と箸先のブリから視線を逸らす。はっはっは、どうだ冬乃? からかわれる俺の気持ちが分かったか? 恥ずかしかろうそうだろう。
が、意を決したのか、冬乃はかちかちに緊張した面持ちで「ふー」っと息をひとつ吐く。そしてキッと気合を入れて、もにょもにょしていた口を大きく開けた。冬乃の口の中が粘膜まで丸見えになる。ヤバッ、なんか逆に俺が恥ずかしくなってきた。女子の口の中をこんなにまじまじと見るのは生まれて初めてだ。
「い、いいよ寒崎くん。私にあーんして!」
「そ、そうか。い、いくぞ冬乃!」
両者ド緊張の中、俺は冬乃の口の中にブリを入れにかかる。それをまさに今、冬乃が『あーん』して食べようとしている。なんなんだよこれ、なんかのプレイかよ。どういう状況だよ。こんなに両者必死な『あーん』、俺は知らねえよ。
「あーーーーむっ!」
俺の箸先のブリを、冬乃はぱくりとした。そしてゆっくりと咀嚼。小さな冬乃の口がもごもごと動く。話はちょっとズレるけど、ものを食べる女子の顔ってほんといいよね。俺、大好きなんだけど。ヘンタイですかねそうですか。
「ど、どうだ冬乃? 美味しいか」
「お、美味しい、です……」
ブリを飲み込み、冬乃はトマト並に完熟した真っ赤な顔で、ガチガチに正座した自分の膝頭を見つめている。どうやら恥ずかしすぎて俺の目が見られないようだな。ウイナー、俺。ルーザー、冬乃。この『あーん』勝負の勝者は俺だ!
* * *
「「ごちそうさまでした」」
二人とも全ての料理を平らげて、そして食材への感謝の気持ちを声に出す。あれから俺も冬乃も静かに黙々と食事を済ませたのであった。この差よ。さっきまであんなに騒がしかったというのに、恥じらった冬乃は急にだんまりになってしまったのだ。こいつ、攻められ慣れてないな。
「そうだ。ところで冬乃」
「つ、椿でしょ? まだごっこは続いてるんだからね」
続行するのかよ。こいつも負けず嫌いか。
「分かったよ。なあ椿、ここに来る途中に駅前で雪兎に会ったんだよ。それでさ、お前が眼鏡ケースを選んだミチコさん覚えてるだろ? あの娘さんが雪兎だったんだよ。すごい偶然だよな、いやほんとに驚いたよ」
冬乃も当然驚くと思っていた。いや、むしろヤバいと思うかもしれない。だって雪兎経由で学校に連絡がいってしまうかもしれないのだ。そうしたらバイトをしていることも一人暮らしをしていることもバレてしまい、問題になる可能性が高い。最悪、冬乃は実家に強制送還されるということも考えられるのだ。
が、冬乃の反応は意外なものだった。
「そうなんだよね。実はさあの日の夜、たま子から電話があってね。私それで訊かれたんだ、『椿、バイトしてるでしょ』って」
あの日の夜、というのはミチコさんがウチの店に買い物に来た夜、ということだろう。しかし冬乃はいたって冷静だった。
「それでたま子に色々訊かれたんだけどさ、実は全部話しちゃった」
「話しちゃったって、それって一人暮らしのこともか?」
冬乃はこくりと頷いた。
「うん、一人暮らしのこととか、あと他にも色んなこと」
「色んなことって、あとはどんなことを?」
この質問に、冬乃は慌てて答えた。
「そ、それは言えないかな。ちょ、ちょっと別のことも相談に乗ってもらったりしてたから」
「……ふーん、そうか」
まあ、深くは訊くまい。女子同士だからこそ話せることというのも、きっとあるのだろう。あと冬乃の様子からして、雪兎はおそらく学校には告げ口をしない。それはなんとなく感じた。相談をしていたということは、雪兎が今回の件を他言にしないという確信があったのだ。確信、いや、信用か。
冬乃は雪兎を信じているのだ。
友達の雪兎を。親友の雪兎を。
「あ、雪兎っていえばさ。別れ際に言ってたんだけど、なんか及川とこれから会うとか言ってたぜ? なんだろうな? まあ及川のことだから、どうせ買い出し要員だとか雑用要員で呼び出されたんだろうけどさ」
「たま子と及川くん、今日デートなんだって」
「そうかそうか、デートだったかあー」
……ん? デート?
「おい冬乃、今なんて言った!? デートだと? 雪兎と及川がデートだと? 」
「う、うん、そうだけど?」
俺はバンッとテーブルを叩いて、冬乃に前のめりになった。デートだ!? 冬乃は何を言っている!? 及川はなあ、俺大切な仲間なんだ。非リア充の。俺を裏切ってデートに行くなんて、そんなの信じられるはずが、ない!
「そんなことあり得るわけがない! あり得るわけないだろ! というか説明しろ冬乃、お前知ってるんだろ!? 全部知ってるんだろ!? あーー!! もうどうなってるんだよリア充爆発しろーー!!!!」
荒ぶる俺に冬乃、若干引いてた。
第23話 あーん返し
終わり




