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第22話 あーん

「あはは、寒崎君、今なーに考えてるのかな」

「な、何も考えてねえよ」


 からかい上手の冬乃さん、である。それともー、じゃねえよ。「ご飯にする? お風呂にする?」ときたら答えはひとつだろ。その答えを俺が当てたらお前はどうするつもりなんだよ。変身するぞ! 狼に変身するぞ! 満月なんかなくたって男は簡単に変身できるんだからな! 俺だっていつまでもチワワのままじゃないんだからな!


「あ、寒崎くんって言っちゃった。間違い間違い、今は新婚さんごっこ中だもんね。ねえ、あなた?」

「……なんだよ」

「別に、呼んでみただけー」


 ぐっ……すっかり冬乃のペースだ、からかわれまくっている。というか、「あなた」とか呼ばれていると、本当にそんな気分になってきやがる。


 結婚なんてもちろんしたことはないが、でも今の俺は完全に新婚さんモードに入ってしまっている。こんなに可愛い妻がいることに幸せを覚え、かつ若干興奮している自分がいる。ごっこ遊びで興奮って、俺はヘンタイかよ。


 マズイな、このままだと俺、本当に間違いを犯してしまいそうだ。一線を越える何かをしでかしてしまいそうだ。話題を変えて冷静になろう、冷静に。


「ふ、冬乃?」

「違うでしょ、椿って呼んで」

「つ、椿? お腹空いたんじゃないのか? とりあえず買い物もしてきたことだし、とりあえず食事の準備しちゃおうぜ」


 すると、俺の言葉に共鳴するように冬乃のお腹の虫が『ぐううーー』と鳴った。相変わらず元気な腹の虫をお持ちである。まあ当然といえば当然だ、時刻はもうお昼をとっくに過ぎていた。俺の胃の中もすっかり空っぽだ。


 冬乃は自分の腹の音を恥ずかしそうに、頭をかいて笑った。そして玄関に未だ座り込む俺に目線を合わせるようにして、俺の新妻――もとい、冬乃もしゃがみ込む。ワンピースの裾を気にする仕草がとっても可愛い。


「うん、お腹すいた。じゃああなた、一緒にご飯作るの手伝ってくれる?」


 *   *   *


 オシャピーなワンピースから部屋着にチェンジした冬乃。そして髪をゴムでアップにまとめ、先程購入したピンクのエプロンをしゅるっと装着。完全なる「お料理上手の新妻さん」の完成である。


 が、冬乃、「お料理上手」なのは見た目だけであった。


「つ、椿! お前お米研ぐのに何入れようとしてるんだよ!」

「え? 何って洗剤だけど? 家庭科の授業で習ったし」

「お前はどこの異世界の家庭科の授業を受けてきた! 水で洗うの水で!」


 とか、


「あなた、包丁の持ち方ってこれでいいの?」

「怖えよ! 危ないから握り型で人に包丁向けるんじゃねえよ! なに? 俺を料理しようとしてるの? 俺をあやめようとしてるの?」


 とか、そんな感じ。とにかく危なっかしいというか、冬乃は全くの料理初心者であり、料理経験など皆無だったのだ。こんな新妻の手料理を毎日食べさせられる夫は、ある意味罰ゲームみたいなものである。まあ、ごっこ遊びだけど。


 でも――


「一緒にお料理してると、私達、本当の夫婦みたいだね」


 そう言って微笑む冬乃を見ているだけで、俺の心が温かくなった。本物の新婚生活を送っている気分にさせてくれた。


 キッチンで肩を並べ、役割分担を決めて、他愛もない会話で笑い合いながら一緒に料理ができる、幸せ。ごっご遊びのはずだったのが、俺はいつの間にか遊びであるとこと忘れ、そしてこの関係が一生続けばいいのにと思うようになっていた。本物になればいいのにと思っていた。


 冬乃が俺の奥さんだったらいいのにと。

 そんな恥ずかしいことを考えてしまったりした。


 *   *   *


 そして料理は完成した。作った料理はきんぴらごぼうとブリの照り焼き。和食が食べたいという冬乃たっての希望だった。


 冬乃の寝室にあった小さな折りたたみテーブルをリビングに持ってきて、そしてそこに料理を並べる。ご飯が盛り付けられた夫婦茶碗が照れくさそうに対面している。二人で揃って手を合わせ、そして「いただきます」と声を合わせた。


 冬乃が一生懸命自炊した、初めての手料理。

 まあブリの照焼に関してはほとんど俺が作ったんだけどね。


「うん、美味しい。ブリもしっかり味がしみてるな」

「ねえ、あなた」


 俺がブリを咀嚼していると、冬乃がきんぴらをつまんだ箸を俺の口に向けた。一瞬にして理解した。これ、あれだろ。


「はい、あーんして」


 冬乃は楽しそうにして、俺にそう促してくる。ヤバッ。新婚さんごっこヤバッ。なんか、まためっちゃドキドキしてきた。せっかく冷静な自分に戻れたというのに、俺の中の何かがトクンと動き始めている。


「なにしてるのよ、早くお口開けなさい。はい、あーん」


 ヤバいヤバい、これは恥ずかしすぎる、リアルの新婚さんだって絶対やってないだろ、今どきこんなこと! ごっこ遊びもほどほどにしなさい!


「……自分で食べられるからいい」

「えー、なんでよー。はい、あーん」


 引かない冬乃、こいつは強い。徹底的にごっこ遊びを追求してくる。真の遊びとはなんぞや? を追求してくる。しかし俺は口を開けんぞ!


 でも、よく見ると。


 俺に向けて手に持った冬乃の箸が、細かく震えているのが分かった。


 こいつも、実は緊張してたのか。


 仕方がねえな。


「……いいよ。ほら、口開けてやるから」

「ほんと! やった! 私これ、一度やってみたかったんだ」


 なんでこんなに一生懸命になれるのか分からないけど、でも、冬乃は真剣なんだ。考えてみたら、こいつはいつだってそうだった。面接のときだって、学校だって、親とケンカして家出したことだって。


 俺と一緒に星を見に行ったときだって。


 冬乃はいつも、真剣だったんだ。


「はい、それじゃ気を取り直して。はい、あーん」

「あーん……ん、このきんぴらも美味しくできてるな」

「えへへ、でしょー?」


 そういえば、ブリの照り焼きに関してはほとんど俺が仕込んだんだけど、きんぴらに関しては冬乃が俺に教えられながら自分で作ったんだっけ。途中で手を貸そうとしたけれど、意固地に手伝わせようとしなかったんだっけ。


 だから食べさせたかったんだ。食べてもらいたかったんだ。

 最初のひとくちを、俺に。



 第22話 あーん

 終わり

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