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第19話 まさかの

 雪兎たま子が、あのミチコさんの娘だった。


 それが分かった途端、俺の顔から汗がドバドバと流れた。まずい、俺がバイトしていることは別にバレたっていいんだが、冬乃が一緒に働いていることはバレてはならない。あいつはアルバイトをしていることも、そして一人暮らしをしていることも隠しているのだ。一体、雪兎はどこまで知っているんだ?


「でさ、寒崎くん。椿って寒崎くんと一緒にアルバイトしてるんでしょ?」

「え!? な、なななんで?」

「フユノさんっていう可愛い店員さんに選んでもらったって、お母さん話してたし。『冬乃』なんて苗字、珍しいから一発で分かっちゃうよね」


 冬乃のバカー! そうだよ、よく考えたらあいつ自分の名前はっきり言ってたじゃん。俺でさえ下の名前の『遊人』とだけ言っておいて、誰にもバレないよう気を付けていたというのに。


 まずいな……これがキッカケで冬乃の隠し事全部がバレて、そして学校に連絡でもいってしまったらと思うと、俺は気が気じゃなかった。


 しかし、雪兎の言葉は俺の予想していたものは少し違った。


「最近さ、椿ってばずっと様子がおかしかったんだよね。なんか悩んでいたっていうか、何かを一人で抱え込んでいたというか」


 友達を想うそんな顔をして、雪兎は続けた。


「あの子ってさ、顔に出やすいじゃん? めちゃくちゃ出やすいじゃん? だからすぐに分かっちゃうんだよね、私はいつも椿の近くにいたしさ。だから、きっと何かあったんだろうってずっと思ってたの」


 そして雪兎は「ふうっ」とため息をひとつ。雪兎は冬乃とそこそこ付き合いも長いからこそ気付き、そして心配しているのだ。


「そ、そうか。で、雪兎は冬乃に何があったか訊いたことはあったのか?」

「うん、訊いたよ? 何かあったの? って声はかけた。でも椿、『なんでもない』って誤魔化そうとしてたからさ。あの子、嘘つくの下手くそだからなんでもなくないとは思ったんだけど、でもそれ以上は訊かなかった」

「どうして?」


 俺の問いかけに、雪兎は迷うことなく、


「だって、友達だから」


 そう、言ったのだった。


「あの子が言いたくないんだったら、言わなくていいと思ったの。どうしても一人で抱え込めなくなればきっと相談してくれるだろうし、そのときに私も相談に乗ってあげればいいと思った。そうじゃない? 友達って」


 俺に同意を求めるように笑顔を浮かべ、雪兎は言う。


「本人が言いたくなければ、私は椿が言いたくなるのを待つだけだよ。あー、私ってなんて友達思いなんだろ。ねえねえ、寒崎くんもそう思うでしょ? 褒めて褒めて、カモン!」


 雪兎は右手をちょいちょいと動かし催促してきた。


 確かに雪兎の言う通りかもしれない、何でもかんでも首を突っ込むのが友達とは言えない。静かに見守り、そして助けを求めてきそのたときに手を差し伸べればいいのだ。それには俺も心底同意した。


 が、しかしな雪兎。「カモン!」じゃねえよ。友達想いだったら俺と冬乃の関係をあんなにからかってくるんじゃねえよ。だから俺は絶対に褒めない!


「で、寒崎くん? どこまで行ったの?」


 唐突な雪兎の質問である。どこまで行った? はて、どういう意味?


「だーかーらー、椿とはどこまで行ったか訊いてるの? もう手繋いだ? キスした? それとも……いやーん、それ以上は私言えないー」

「はあっ!!?」


 わざとらしく両手を頬に当てて恥ずかしがる雪兎。がしかし、本当に恥ずかしいのは俺の方だ。雪兎の言葉を聞いて、俺の顔は一瞬で真っ赤になった。こいつの頭の中、お花畑か少女漫画の世界かよ。


「するか!!! 俺は冬乃と付き合ってもいないし、だから手も繋いでないし、キスもしてない! その……それ以上の行為も当然してない!」

「えー、でもしたいと思ってるんでしょ?」

「思って……! ……い、いません(小声)」


 言葉をちょっと詰まらせた俺を見て、雪兎は「にひひ」と悪戯に笑った。こいつ……せっかく友達思いのいいやつだなあ、と思い始めていたのに。お前はあれか、『からかい上手の雪兎さん』か。


「まあ、アルバイトの件もそうだけど、寒崎くんが椿の隣にいてくれるから私も安心なんだよね。椿ったら寒崎くんのこと大好きみたいだし」


 俺の顔はまた赤くなる。というかこれ、もう沸騰だな。今俺の顔の上にお餅を乗せたら、たぶんぷくりと膨らむぜ。


「椿ってば前彼と別れてからすっごく臆病になっちゃってさ」


 一瞬、俺の時が止まった。まえ、かれ?


「雪兎! その話ちょっと詳しく聞かせろ! 前彼って、前に付き合ってた彼氏ってことだよな! 冬乃には彼氏がいたのか!? いつ!? どこで!? 何時何分何秒!? 地球が何回回った日!?」


 俺の食い気味の質問に、雪兎は後ずさり。若干引いてるじゃねえか。でもそんなの関係ない。俺にとっては重要なことなのだ。


「え、えっと。中学三年のときに椿、初めて男子と付き合ったの。椿の方から告白したみたい。ずっと片思いしてたんだけど、なかなか言い出せなかったみたいで。あの子、恋愛にすっごく奥手だったから」

「手は! 手は繋いじゃったの!? キスは!? それ以上もイタシタのか!?」

「いや、それはちょっと私も知らないかな……あははっ」


 ヤバい、何この感覚。感情。気持ちがすとんと、どん底まで落ちていくようなこの感じ。なんで俺、こんなに落ち込んでるんだよ。当然だろ、冬乃くらい可愛ければ彼氏の一人や二人いたって不思議じゃないんだ。


 でも、これは知りたくなかった。


「あー、でも一日で別れちゃったみたいだよ?」

「……へ?」


 間の抜けた俺の声を聞いて、雪兎は「ぷっ」と笑った。いやいや、まあそれはいい。それよりも、一日? たった一日で別れるとかあり得るのか?


「いや、なんかね。『思ってたのと違う』とか『重い』とか言われてフラレちゃったみたいだよ? ……って、寒崎くん知らなかったんだ、ごめん」

「い、いや別に。俺には全然関係ない話だし」


 だったら動揺してんじゃねえよ、俺のバカ。


「それから余計に恋愛に対して臆病になっちゃってさ、椿。でもちゃんと寒崎くんとお付き合いできたみたいだし、私は嬉しいよ。うんうん」

「いや、雪兎? 満足そうに頷いてるけどさ、何度も言ってるけど、俺と冬乃はそういう関係じゃ――」

「みなまで言うな、寒崎くん。私はぜーんぶ分かってるから。椿のことで何か悩んだらどーんと頼ってくれたまえよ! あ、時間ヤバッ。この後、及川と待ち合わせしてるんだよね。じゃあ私、行くね寒崎くん!」

「あ、ああ……じゃあな」


 俺の返事を聞いてから、雪兎はにこりと笑みを溢し、それから「ファイト!」と俺への応援を残して走っていった。ショックが抜けきれない俺は、雪兎の小さくなっていく背中に力なく、ただただ手を降っていた。


 ……ん? なんだ、聞き間違いじゃなかろうか。

 雪兎のやつ、確か今、「及川と」って言ってなかったか?



 第19話 まさかの

 終わり

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