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第15話 秘密の場所へ【前編】

 そして翌日、土曜日。いつもの俺にとっては憂鬱な曜日だ。なんていったって、12時から19時半まで一日中バイトで拘束されるわけだからな。そりゃ憂鬱にもなるだろ? 遊び盛りの高校生だぜ? こんな天気のいい日にバイトだなんて、貴重な青春の時間を削ってまでするもんじゃねえよ。


 でも、この日は少し違った。

 いや違う。だいぶ、大きく、真逆と言っていいほど、違った。


「いらっしゃいませ! 寒崎くん、ほらお客さん。もっとシャキッとして」

「わ、分かってるよ。いらっしゃいませ!」


 いつもなら一人で倦怠な顔をしながらカウンターでダラけ、時計の針が進むのを遅く感じながら過ごしていた時間。その時間の中に、今は冬乃がいる。


「なんか寒崎くんより私の方が先輩っぽいよね。ほらほら、呼んでもいいんだよ? 冬乃先輩って。なんなら冬乃閣下でもいいんだけど」

「呼ばねえよ。閣下ってなんだよ、お前は某悪魔的シンガーかよ」


 くだらなく他愛もない会話だけれど、冬乃は時計の針が進むスピードを速くした。時間があっという間に過ぎていくのだ。


 いや、速く進むだけではない。

 時間に豊かさを感じるのだ


「あははっ、寒崎くんって私がいないと本当にダメだねえ」

「うるさいな、お前に言われたくねえよ。自分の部屋すら片付けられないくせに、『本当にダメだねえ』ってか? へっ、笑わせてくれるねえ」


 確かに冬乃は、俺の時間の質を変えた。


「う、うるさいなあ、今は掃除してるもん。……少しだけ散らかってるけど」

「その言い方、少しだけじゃないだろ? また部屋散らかしてるだろ? 脱いだ服くらいちゃんと畳むかクローゼットに仕舞うかしろよ。洋服好きなんだろ?」

「好きだけど、でも面倒くさくて」


 数日。たった数日間で、冬乃は俺の時間すらも支配してしまう、そんな存在になりつつあった。それは俺にとって心地よく、安静で、そして心を高揚させる。


 そんな存在に、冬乃はなっていた。


 *   *   *


「さあ寒崎くん、これから私と一緒に遊びに行こう」


 全ての締め作業を終え、店のシャッターを閉めたところで、冬乃が待ち切れなかったと言わんばかりのワクワク笑顔でそう言った。冬が終わって日が伸びたとはいえ、外はやはり真っ暗で、夜風も若干冷たかった。


「本当にこれから行くのかよ」

「当たり前でしょ、行くって決めたら行くの。寒崎くんを私の秘密の場所にご招待するんだから。着いたら帰りたくなくなっちゃうぞー」


 そう言うと、冬乃は店の隅に置いておいた俺の自転車の後ろにまたがった。そして「早く早く」と手招きで俺をせかすのである。


「私が道案内するから、寒崎くんは自転車漕いで」

「漕いでって、お前な。二人乗りは禁止されてるだろうが。というか、徒歩で行ける距離じゃないのかよ」

「大丈夫だって、夜ならおまわりさんにも見つからないって。それに徒歩じゃ行けないの、ちょっとだけ離れてるから」


 冬乃は一体、俺をどこに連れて行こうというのだろうか。カラオケでもなく、ダーツでもない。それは俺にとってまあ安心だ。とはいえ、こいつの言う『秘密の場所』が皆目検討がつかないから若干の不安もある。もしかしたらオシャピーの巣窟かもしれんし。リア充の聖地かもしれんし。そしたら泣くぞ、俺。


「まあいい、分かったよ。付き合う」


 俺も自転車のサドルにまたがり、ペダルに足をかけた。すると冬乃は俺の体に手を回し、ぺったりと体を密着させてきたのである。冬乃のなくはない胸が俺の背中に押し付けられる。柔らかなその感触に、俺の体中の血液は一瞬で沸騰した。


「どうしたの寒崎くん? 早く出発しようよ」


 冬乃はそんなことを気にする様子もなく平然としているが、こちらは昇天しそうなほど鼓動がバクついていた。普通、押し付ける? 女子と二人乗りしたことないから分からないけど、こういうのって女子は全く気にしないのか?


「早くー、早く行ってよー」


 と言って、俺の背中に抱きついたままゆさゆさと体を揺らす。

 あーダメだ、頭がなんかぼーっとしてくる。


「……よーし、しっかり掴まってろよ冬乃」

「うん、大丈夫。それじゃ寒崎くん、レッツゴー!」

「うおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!」


 俺は漕いだ。自転車を漕いだ。全力で漕いだ。バイトの疲れも完全に吹っ飛んで力がみなぎってきたぜ。スーパーサイヤ人にでもなった気分だ。今の俺に、たどり着けない場所など、ない!


 *   *   *


「はあ……はあ……はあ…………」


 息が上がる。だって今、俺が漕いでいるのは急な坂道なのだ。冬乃の言われるがまま自転車を漕いで進んできたけれど、まだその目的地に辿り着かない。かれこれもう二十分くらい全力で自転車漕いでるんですけど。足つりそうなんですけど。


「寒崎くん大丈夫? すっごいつらそうだよ」

「はあ……はあ……お前のせいでな。ちなみに……はあ……冬乃……あとどれくらいで、その『秘密の場所』にはたどり着けるんだ……?」

「うーん、あと十五分くらいかな。この坂道の上りきってから、もう少し先に行ったところ。ということで寒崎くん、全速力でお願いします!」

「お前は鬼かあーーーーーーーー!!!!!!!」



 第15話 秘密の場所へ【前編】

 終わり

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