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第14話 ご招待します

「ふぅー、お腹いっぱーい」


 店を出たところで、冬乃は膨れたお腹を満足そうにさすりさすりしている。ここのラーメンは結構量が多いから絶対に残すと思っていたのに、スープまで完飲した。俺だってスープまでは飲めん、冬乃、お前すげーよ。


「さて、帰るか。俺は一度店に戻って自転車取ってくるから、冬乃は先に帰ってていいぞ。今日は初日で疲れただろ、ゆっくり休めよ」


 俺としてはここで解散のつもりだった。だって明日は土曜日なので、バイトのシフトは12時から19時半までと平日よりも長く、その分疲れがたまる。今日の疲れは今日の内に取っておいた方がいい。


「えー、まだ一緒にいようよ。そうだ、今日もまた私のお家に来なよ。この前はお片付けばっかで全然遊べなかったじゃん。今日こそは遊ぼ!」

「いや……お前、フルシフトの辛さを分かってないだろ? 本当に疲れるんだからな? だから今日は早く帰って家でゆっくりしてろ。な?」

「むーっ」


 冬乃は頬を膨らませて「むーっ」と不満をあらわにした。膨れるな膨れるな、そんなフグみたいになったって今日は遊ばんぞ。


「じゃあ明日。明日遊んで?」


 と、甘えた声で冬乃はねだってくる。そんな上目遣いで俺を見るんじゃない、ほいほい遊びに行ってしまいそうになるじゃないか。


「だから、明日はバイトだろうが」

「バイトが終わってから! だって日曜日はお店お休みでしょ? 寒崎くんはアルバイトが終わってから私と一緒に遊ぶの!」


 バイト中はあんなにしっかり者だった冬乃が、今ではまるでだだをこねる子供である。「遊ぶの!」って、勝手に決定事項みたいに言うなよ。俺にだって休日に用事くらいは……ないな。用事、なかったわ俺。そりゃそうだ、俺には彼女もいなければ別段趣味とかそういうものもないしな。


「……分かったよ。バイト終わりに、お前の家で一緒に遊べばいいんだな?」

「やったー! うーん、でもちょっと待って。ただお家で遊ぶだけっていうのも、ちょっともったいない気もするな。むむむ……」


 そして冬乃は考える。何を考えているのかはよく分からんが、考える。いいじゃん、普通にお前の家で遊べば。どうせ俺はまた妙に緊張したりするんだろうけど。狼化を抑えながら遊ばなきゃならんのだろうけれど。


 そして冬乃は何かを思いついたようで、「あ!」と言葉を発した。そして一歩俺に近付き、顔を覗き込むようにしてからへらっと目尻を下げた。間近に見る冬乃の顔はやっぱり可愛くて、俺は急に照れくさくなってしまった。


「じゃあさ、寒崎くん。明日アルバイト終わったら一緒に行ってほしいところがあるんだけど、いいかな?」

「行ってほしいところって、どこに? カラオケとかダーツとか、そういうところは勘弁だぞ? ああいう所に夜出歩くと、ろくでもないことに巻き込まれそうだからな。それにリア充の巣窟みたいなところには、俺は行きたくない」


 そう、行きたくない。特にダーツとかビリヤードとか、そういうところにはオシャピーだけでなくパリピもいたりするのだ。俺なんかが行ったら浮くに決まっている。浮いて浮いて、浮きまくる。空だって飛べるはずだ。


「そんなところじゃないよ。というか寒崎くん、リア充を敵視しすぎ。もう少し寛容にならなきゃダメだよ? もしかしたら明日、寒崎くんがリア充になるかもしれないんだよ? 及川くんに嫉まれる日々を送ることになるかもよ?」


 そう冬乃は言うけれど、俺がリア充になるなんてあり得んな。高校生になったら俺もリア充になれるのではないのか? みたいな期待も若干あったけど、でもやっぱりダメだ。俺のことなんかだーれも見てくれてないんだよ。及川のことは知らん。


 すると冬乃は俺からぴょんと離れ、人差し指を自分の口元に当てた。「シーッ」という、「誰にも言わないでね」のジャスチャーだ。


「私の秘密の場所に連れて行ってあげる」


 と、冬乃は言った。星々がよく見える夜空の下。街頭に照らされた冬乃は、まるで異世界から俺に秘密を教えに来た天使のような、美しくもすぐに壊れてしまいそうな程に繊細な、そんな幻想的な笑顔を浮かべながら、言った。


「誰にも教えてない場所。そこに寒崎くんをご招待します」

「ちょ、ちょっと待て冬乃。秘密の場所って――」

「ご招待します」


 そして冬乃は「いひひ」と笑い、背を向ける。そして夜の向こうに走り出した。一度ピタリと止まり、俺を振り返る。冬乃は大きく手を振って、俺に向かって大きな声でこう言った。


「楽しみにしててねー! それと、今日も本当にありがとーう! 寒崎くんのおかげで、私、最近毎日が楽しいんだ! 明日はそのお礼! これからも私の面倒をみてくださーい! 一人じゃ生きられない冬乃椿からでしたー!」


 その声は、少し肌寒い春の夜の中で、とても温かに響いた。

 言葉を残して冬乃は道を真っ直ぐ走り、そして角を曲がる。が、角を曲がったところでまたひょこっと顔を出し、俺に大きく手を振るのだった。


 俺も手を振り返す。それを確認して、冬乃は満足げな笑みを浮かべながら顔を引っ込め、今度こそ本当に見えなくってしまった。


 僅かな寂しさが、俺の胸の中に残る。


「一人じゃ生きられないって。だったら家出なんかするんじゃねえっつーの」


 どうせ、一人で生きられる人間なんていやしないんだ。たぶん、この世に誰一人として存在しない。生まれてきたその瞬間から、人は一人じゃないんだから。だったら俺はいくらだって面倒は見てやるし、助けられるところは助けてやる。だからお前も、いつか俺の面倒を見てくれよな。持ちつ持たれつだ。


 明日の夜が、ちょっと楽しみだ。

 冬乃の秘密を知ってしまうみたいで、少しくすぐったい感じがするけれど。



 第14話 ご招待します

 終わり

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