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第11話 いらっしゃいませ

 結局あれから、雪兎のからかいは昼休みの間中ずっと続いた。全く弁当の味がしなかったね、隣に座る冬乃を意識しまくって変に緊張もしてたし。


 しかし不思議なものである。昨日までの俺は及川と同じく「リア充爆ぜろ!」とか言ってたんだぜ? なのに今は、俺自身がそのリア充疑惑をかけられるという始末だ。何がどう転んだら一日でこうも状況が変わるものか。


 はあ……まったく、どうして女子というのはこんなにも人の色恋沙汰を好むのだろうか。いや、俺の場合事実無根であり、本当は色恋など皆無なのだが。


「ホームルームは以上。それでは皆んな、気を付けて帰るように」


 担任が帰りのホームルームを締めたところで、俺達は本日の学校生活から解放された。ここからは各々、好きなように放課後を過ごす。


 好きなようにとは言っても、俺はこの後も半強制バイトが待っているわけで、決して放課後イコール自由時間、というふうにはならない。


 まあ、それは俺だけではないけれど。これから塾やらに行って勉強しなければならない奴らだって、それが自分の意思ではないやつもいる。いるはずだ。じゃないとやっぱりこの世は色々不公平過ぎる。


「……あれ、ラインだ」


 俺が席を立ってスマートフォンを取り出すと、ラインにメッセージ通知が入っていた。差出人は冬乃椿――ライン上では『つーちゃん』――だった。


『今日は本当にごめんね、寒崎くん』


 そんなメッセージと一緒に、可愛らしいクマが謝っているイラストスタンプが送られてきていた。俺は前方に座る冬乃を見やると、彼女は俺に向かって両手を合わせて「ごめんね」のポーズを取っていた。


『気にしてないよ。それよりも、この後バイト大丈夫か?』


 という返事を、俺は素早く送った。及川にバレないように。教室の中で冬乃とラインをしている現場を及川に見つかったら大変なことになる。シャーペンの先でチクチクがグサグサに変わるかもしれん。


『もちろん大丈夫! 一生懸命働きます!』

『オッケー。じゃあ先に店のシャッター開けて待ってるから。今日は別々に教室出た方がいいだろ、また雪兎に疑われそうだし』

『う……私も一緒にお店開けたかった』

『今度、ちゃんと開店準備のやり方も教えるからさ』

『本当だね、約束!』


 そんなやり取りを済ませた後、俺はリュックを肩に掛け、駐輪場へと向かった。教室を出る間際、俺は冬乃に軽く手を振った。冬乃も笑顔で俺に手を振り返す。これから冬乃と逢引あいびきでもしようとしているみたいで、若干ドキドキしているのは内緒だ。


 *   *   *


「いいか冬乃、クレジットカードで決済するときは、レジのこのボタンを押すんだ。それからお客さんにカードを端末に差し込んでもらう。承認が取れたらここのボタンを押してくれ、レシートが発行されるから」

「ふむふむ、なるほど」


 店で落ち合った俺と冬乃。まずはタイムカードを打刻させ、エプロンを着けてもらい、そして今、俺は冬乃にレジの操作方法を教えているところだ。冬乃は真面目にメモを取りながら、熱心に俺の説明を聞いてくれている。


 で、その後。レジをトレーニングモードに切り替えて色々操作してもらったんだけど、早い。飲み込みが早い。


 意外と言っては失礼だが、冬乃はどちらかというと抜けているところがあるので、こういった細かな操作方法を覚えられるのか若干不安に思っていたのだ。


 だってさ、あの部屋だぜ? あの部屋の散らかり様を見てしまったら、仕事ができるかどうか不安になるのも無理もないだろ?


「レジの打ち方はほぼ完璧だな、問題ない。すごいな冬乃」

「えへへ、寒崎くんの教え方が上手だからだよ」


 そう言って、冬乃は照れくさそうにして頭をかいた。


 しかし、学校(主に昼休み)では冬乃を意識してしまっていた俺だったが、やはり仕事となると問題ないみたいだな。現在、いたって平常心。


 冬乃にいたっても、初めてのアルバイトということで若干緊張はあるのかもしれないが、昨日と同じ、笑顔を絶やさないいつもの冬乃だった。


「ねえねえ、寒崎くん?」

「なんだ、分からないことでもあったか?」


 カウンターで二人横並びになり、お客さんを待っていると、冬乃が俺に話しかける。いつもとは違い、にまにました笑顔を浮かべるでもなく、少し真面目な顔つきと声のトーン。俺はてっきり仕事についての質問だと思っていた。


 がしかし、その質問は。

 先程の学校での流れを思い出させるものであった。


「寒崎くんってさ、好きな人いるの?」


 そう、冬乃は俺に訊いた。


「はあ!? 好きな人!?」

「うん。さっき学校でたま子がさ、私と寒崎くんが付き合ってるみたいな話してたじゃん? そのとき寒崎くん、迷惑そうな顔してたから。もしかしから好きな人でもいるのかなって思って」


 突然振られた恋バナに、俺は少々ドギマギしてしまう。慣れてないんだよ、こういう話は。冬乃にしたらごく普通の話題なのかもしれないが。しかし今まで恋バナや色恋沙汰やらに全く縁のない生き方をしてきた俺にとっては、やはり気恥ずかしくなる話題なのだ。なんせ俺は非モテで、非リア充だからな!


「……いや、別にいない。というか、別に迷惑だとは思ってないし」

「そっか、いないんだ。好きな人がいるから、寒崎くんは私と噂になるのが嫌なのかと思ってた。ふーん、そっかー」


 それからもう一度、「ふーん」と言って、冬乃は真っ直ぐ前を見つめ、店内の入り口のドアを眺めていた。なんだなんだ、いきなりどうした? 急に黙り込むなよ。黙り込まれると変に意識しちゃって、俺が緊張するだろうが!


 よし、こうなったら仕返ししてやる。


「ちなみに、ふ、冬乃は好きなやつとかいるのか? まあそりゃいるよなあ。だから俺と恋仲を疑われて嫌がってたんだもんな。あー、やっぱりお前リア充なんじゃねえの? 本当は彼氏いること皆に隠してたりとかさ! いやー、モテる女は大変ですなー。やっぱりリア充爆ぜろ! って感じ?」


 なんか早口。いつもの1.5倍速くらいの早口で、俺は言った。なんだよもう! 仕返しになってないじゃん! これじゃただ俺がキョドってるみたいで、逆にダメージ受けるんですけど。キモいとか思われてそうで心配なんですけど。


「どうしたの、寒崎くん?」


 しかし冬乃は、首をかしげてそんな俺を見る。


「私別に嫌じゃなかったよ? 寒崎くんとの関係を疑われたこと」

「……はい?」


 冬乃はいつもとは違い、真顔で続ける。いつものように茶化すような笑顔も見せずに、ただ真面目に、考えるようにして。


「うん、嫌じゃなかった。ちょっと恥ずかしかったけどね。好きな人は、分からないなあ。自分の気持ちだから自分が一番よく分かってなきゃいけないのかもしれないけど、でも本当にまだ分からないの。その人のことが好きなのか、どうなのか。変かな?」


 なんだなんだ、いきなりマジトーンになるなよ。


「……いや、変じゃないんじゃないかな? そんなもんなんじゃないのか? 全部が全部、自分の気持を理解できている人間なんてそうそういないだろ。少しずつ、ゆっくり理解して、気付いていくもんなんだと俺は思うけどな」


 と、非リア充の童貞が申しております。全く説得力ないな。


「ゆっくり理解して少しずつ、かあ」


 しかし俺の戯言を真面目に受け取った冬乃は、俺の言ったことを繰り返し、妙に納得した顔を見せた。それから――


「そうだね、ありがとう寒崎くん。でもね私、自分の気持をよく分かってないかもしれないけど、でも、それでも今が一番楽しかったりするんだ」


 冬乃はそう言って、残雪を溶かす春の木漏れ日のような笑顔を俺に向けた。さっきまでの真面目な顔つきとのギャップに、俺の胸はどきりと高鳴った。


「あ! 寒崎くん、お客さん!」


 冬乃の笑顔を見て俺がふわふわしていると、どうやらお客さんの姿が見えたようで冬乃はピシッと背筋を伸ばす。


 俺も気持ちを入れ替えて、冬乃と同じように、彼女の手本になるように負けじと背筋を正した。そして『カランカラン』とドアベルが鳴る。


 俺と冬乃は目配せをして、タイミングを揃えて明るい声を前に出した。


「「いらっしゃいませ!」」


 冬乃にとって初めてのお客さんが、今、来店したのであった。



 第11話 いらっしゃいませ

 終わり

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