第10話 よっぽどのこと
「いいよなあ寒崎、冬乃とライン交換できて。まったく、俺を置いて一人だけ抜け駆けしやがってよ。あー、俺もリア充になりてえよ」
昼休みが始まると同時に、後ろの席に座る及川の恨み節も始まった。どうやら及川、いつの間にか俺と冬乃がラインを交換していたのが余程ショックだったようで、授業中も後ろから俺の背中にシャーペンをちくちく刺してきやがった。小学生かよ。
あと、リア充の定義が狭すぎる。女子とラインを交換しただけでリア充認定するとか、お前の人生はどんだけ寂しいんだ。
「いいから及川、ほら、とりあえず食べようぜ」
俺は及川と机を合わせてから、弁当箱をリュックの中から取り出した。そんな俺を見て、及川は「はあ」とため息をつくのだった。
「何が寂しくて、俺は野郎と机を合わせて昼飯を食わなきゃならんのだ」
「いつもそうだろ、気にするなよ。寂しいのは今に始まったわけじゃないだろ」
そして及川は俺の弁当にまで突っかかってきた。
「まさかとは思うが、その弁当、冬乃の手作り弁当じゃねえだろうな」
「そんなわけないだろ。心配するな、この弁当は俺の母さんが作ったものだ。寒崎広海特製の、昨晩の残り物詰め合わせ弁当だ」
ラインを交換しただけで、まさか及川がここまでやさぐれてしまうとは。本当は昨夜、冬乃の部屋にお邪魔しましたとか言ったら、こいつはどうなってしまうのであろうか。バーサーカーにでもなって、俺をなぶり殺しにかかるのではないだろうか。うん、怖いので絶対に言うまい。
「おーい、寒崎くん。こっちに来て一緒にお昼食べようよー」
俺が弁当に箸をつけようとしたとき、前方に座る女子からそんな声かけをされた。声の主は雪兎たま子であった。
「昨日も寒崎くんと仲良く一緒にファミレス行ってたんでしょ? 椿が寂しそうにしてるから、こっちに来てあげなよー」
「た、たま子! 私、別に寂しそうになんかしてないし! それに、さっきも言ったけど、寒崎くんとは昨日たまたま会っただけだって!」
雪兎と机を合わせた冬乃が大慌てで否定をして、その様子を雪兎が面白がってニヤニヤ眺めていた。冬乃、そこまで慌てると余計に怪しいからやめてくれないかな?
しかし、あらぬ誤解をしているとは思っていたが、雪兎のやつ、完全に俺と冬乃がそういう関係であると思いこんでいるみたいだ。そういう関係というのはつまり、制服デートをするような仲という意味であり、もっと有り体に言えば、付き合ってるんじゃね? 的な仲という意味である。
「ぐっ……またしても、寒崎ぃぃーー……」
で、及川のやつは俺のことを恨めしい目で見てくるし。
こりゃ断った方が身のためだな。
「ゆ、雪兎、せっかくのお誘いだけど、俺達はこっちで食べるから――」
「あ、及川、あんたも一緒にこっちに来なよ。寒崎くんと一緒にお昼食べるつもりだったんでしょ? 安心してよ、一人にはさせないってば」
「ま、マジか!!!」
せっかく俺が断ろうとしたのに、雪兎が及川まで巻き込んできやがった。及川はガタン! と椅子から立ち上がると、目をギラギラさせながら机を移動する用意を始めている。お前はどんだけ女子に飢えているのだ。
「雪兎、お前は女神か!? いいのか、俺なんかが一緒に昼を食べても!?」
「なんでそんなに卑屈になってるの? ちょっと笑えるんだけど。別にいいよ、及川が来ないと寒崎くんもコッチに来づらいだろうしさ」
むう……そこまでして俺をそっちに呼びたいのか雪兎よ。
そして俺は、
「さあ、我が親友の寒崎よ。せっかくのお誘いを断るのは紳士としてどうかと俺は思う。行こう、冬乃と雪兎のところへ!」
ご機嫌な及川に肩を組まれながら、仕方なしに席を移動したのである。面倒くさいので自分の机は移動せず、近くにあった机と椅子をお借りして着席した。雪兎に言われるがまま、冬乃の隣に。
俺が隣に座ると、冬乃は照れくさそうに、恥ずかしそうにはにかみながら、「なんかごめんね」と一言俺に謝った。別にそんなこと気にする必要はないと言おうと思ったのだが、妙に意識してしまって言葉が出ない。
「……あれ? 冬乃お前、昼はそれだけか?」
言葉が出なかった俺であるが、ついついそんなことを冬乃に尋ねてしまう。両手に持った小さな菓子パンを少しずつ食べる冬乃を見て、昨日あのときの言葉を思い出してしまったのだ。『お金を節約しようと思って、最近ろくにご飯食べてなかったんだよね』という冬乃の言葉。
「う、うん、そうだけど?」
「ねえ、寒崎くんも言ってやってくれないかな? 椿のやつ、ダイエットしてるとか言って、最近お昼はこんなのばっかり食べてるんだよ? 椿はダイエットする必要なんてないじゃん。むしろ私の方が最近太ってきちゃったよ、あははっ」
そう言って、まっ平らなお腹の肉を軽くつまんで笑う雪兎だったが、しかし、本当は冬乃のことが心配なのだろう。いくらなんでもお昼に、高校生がこんな小さなパン一個では体が持たないし、実際、冬乃は昨日の面接の後にお腹を空かせてきってサイゼリヤではばくばく食いまくってたし。
なんとか早く、自炊の出来る環境を整えてやりたいところではあるが。アルバイト代が入るまで炊飯器は諦めるしかないのかなあ。
「なあなあ冬乃、俺ともライン交換してくれよ!」
弁当を食べることもせず、及川はここぞとばかりにがっつく。ポケットからスマートフォンを取り出し、それを冬乃に見せながらそうせがんだ。
そんな及川の行動を見て、雪兎は俺を見ながら「いいのー? 寒崎くん」と言ってニヤニヤしていた。おい雪兎、からかうのもいい加減にしろ。いいも何も、俺は冬乃の彼氏ではない。だから及川とのライン交換を止める権利などないのだ。
「んー、ラインかあー」
冬乃はそう言って、ギラギラした期待の眼差しを向けてくる及川を見て何かを考えているようだった。いいだろクラスメイトなんだから、交換してやれ――と、俺は心の中で冬乃に伝えたが、別に俺はエスパーでもなんでもないので、そんな心の言葉は届くはずもなく。
そして冬乃は人懐っこい笑顔を浮かべた。その反応を見て、及川は胸の中でガッツポーズを決めたことだろう。そりゃこんな笑顔を向けられたら、それはつまり、誰だって肯定と受け取るに決まっていた。
でも、冬乃の返事はちょっと意外なものだった。
「ごめーん及川くん。私、よっぽどのことがないと男子とはライン交換しないことにしてるんだ。だからまた、別の機会にね」
そう言って、冬乃は笑顔で両手を合わせて「ごめんね」のポーズ。その返事を聞いて、及川はがっくしと肩を落としたのであった。
「ふーん、よっぽどのことねえー」
机に頬杖をつきながら、雪兎が言葉に含みを持たせてこちらを見た。これ以上ない程に、楽しそうな笑顔を浮かべながら。
「よっぽどのことって、どんなことなのかしらー。ねえねえ寒崎くーん、全然分からないから私に教えてくれないかなー?」
雪兎に完全ロックオンされた俺。なんと言って逃げたらいいのか分からない。
で、冬乃はというと。
「あ、あの……た、たま子、違うから! そういう意味じゃないから! ただ私は、その……えーっと……」
自分の失言に気付いたのか、慌てて訂正しようとするも、やはり言葉が上手く見つからないらしく、またコチラに視線で助け舟を求めてくるのであった。
俺はとりあえず、弁当箱のメインである唐揚げをひと口頬張って、「はあ」とひとつため息をついてから無言を貫いた。
雪兎たま子。こいつ、すっげー面倒くさい。
第10話 よっぽどのこと
終わり




