第1話 履歴書持ってきました
世の中は実に不公平だと、俺は思う。
だって普通の高校生だったら、退屈な授業から解放された放課後くらい好きなことに興じていいはずだ。自由な時間を過ごしていいはずだ。
だが俺は今、アルバイトをさせられている。
しかも半強制的に、だ。
「客なんかめったに来ないんだから、別に俺いなくてもいいじゃん……」
小さく狭い店内の端に設置されたカウンター。そこに頬杖をつきながら、俺は誰に言うでもなくそう一人ごちた。
ここは俺の母の姉――つまりは叔母の経営する雑貨店である。経営とは言っても、それはほとんど叔母の道楽であり、趣味の一環であって、儲ける気はこれっぽっちもないらしい。狭い店内には、叔母が海外から輸入してきた食器類やら服やらアクセサリーやら、民族的なお面やら、あとはガラクタみたいな物々が所狭しと並べられている。人気店になりようがないラインナップだ。
それでも叔母は、
『いいじゃん別に、人気なんか出なくたって。私が集めて来たものを誰かが偶然見つけて、偶然気に入って、偶然買ってくれたら、私はそれで満足なの』
と言ってはばからない。
いやいや、少しは儲けようとしようぜ? 日本は資本主義社会なのだから、金儲けを第一に考えるべきだ。金儲け主義は別段悪いことでもないんだし。
「あー、やっぱ不公平だよな、世の中って」
俺は先程も思ったことを、もう一度確認するようにして口に出した。俺の声は小さな店内に虚しく広がり、そして消える。
「今頃、クラスの皆んなは何して過ごしてるのかなあ」
学校が終わった教室を出る間際に聞こえた会話を、俺は何となしに思い出す。クラスの女子二人――冬乃楓と雪兎たま子の会話だった。
『ねー楓、これからどっか遊びにいかない?』
『ごめーんたま子、私これから用事があって遊びに行けないの』
『あららー、もしかして楓、彼氏できた? これから放課後デートってやつ? 制服デートってやつ? ほんとリア充勘弁してほしいよ』
『ち、違うもん! 私、別にリア充じゃないもん! デートじゃないって、ちょっとお母さんから用事を頼まれたんだってば』
という会話を耳にしたわけだが、いや冬乃、絶対にデートだろ。だってアイツ、可愛いじゃん。どうせモテるじゃん。そうですか制服デートですか、いいですね気楽なご身分ですこと。俺は母さんの命令で、無理やり店番させられてるっつーのにさ。本当に不公平だよ。不公平だし理不尽この上ないよ。
くそ、段々腹が立ってきたぜ。
「リア充爆ぜろ! 俺だってなあ、放課後は楽しく女子とデートくらいしてみたいわ! でも時間もないし、そもそも相手もいないんだよ! 寒い冬が終わってやっと春が訪れたと思ったのに、俺の心は冬だよ! 真冬だよ! 寒くて凍え死にそうだから誰か温めてくれよー!!」|
パイプ椅子から立ち上がり、俺は誰もいないことをいいことに絶叫した。心の叫びってやつだ。だいぶ俺もストレスが溜まっているんだな、と自分で自分を若干心配になったりはしたが、仕方がない。リア充は俺にとって最大の敵なのである。
『カランカラン』
俺が叫び終わるのとほぼ同時にドアベルが鳴った。どうやらようやく、本日一人目のお客さんが来たらしい。俺は「いらっしゃいませ」と、接客用の少し高めの声で、そんな定型句を口にした。
オレンジ色をした夕日が逆光となり、相手の顔がよく見えない。ただその人物が女子であることはすぐに分かった。淡い水色のリボンを胸につけたセーラー服姿から、俺と同じ学校の生徒であることも。
「あ、あの……す、すみません……あの……」
「はい? どうしました?」
その女子は緊張しているのか、言葉を少し震えさせて、次の言葉を言いあぐねているようだった。よく見ると、彼女は二つに折りたたまれた紙を右手に持っている。それが履歴書であると分かるまでに、さほど時間はかからなかった。なるほど、表に張ってある『アルバイト募集』の張り紙を見て来てくれたのかな?
「えーっと……その、ですね……」
彼女が店内に一歩、また一歩と歩み、進んでくる。
そして、先程まで夕日の逆行でぼやけていた顔がはっきりと見えたとき、俺の目はびっくりしてまん丸になってしまった。
綺麗に伸ばした黒髪に、お気に入りなのか、いつも頭の左端につけてあるさりげない花の髪留め。二重ではっきりした大きな目、笑うとエクボのできる小さな口元、整った鼻筋。愛想の良い笑顔に、明るく人懐こい性格。そしてリア充。
俺のクラスメイトの、冬乃椿だった。
「り、履歴書持ってきました! お願いします、ここで……こ、ここで働かせてください! よろしくお願いします!!」
冬乃椿は俺に履歴書を差し出したまま、深く頭を垂れた。
冬乃の綺麗な黒髪がサラリと流れ、彼女の顔を少し隠した。
第1話 履歴書持ってきました
終わり
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