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公爵家から膿を出す


 こつこつと指が机を鳴らす音が続いた。


 レオンは今、早朝とは比べられないほどに気が立っている。

 妻との朝食の時間が、妻のたった二口で終了することになろうとは。

 どこの新婚の夫が想像し得るというのか。


 まさか毒が?という大騒ぎに発展しても仕方がないだろう。


 だが事実はそうではなかった。


 朝食の席でオリヴィアが真っ先に口にしたものは、レオンの勧めたミルク粥だ。

 続いて口にしたものは、やはりレオンの勧めたパンだった。


 美味しいと言ったオリヴィアは、その言葉に反し、見る間に顔を青褪めさせていく。

 そして涙ながらに、申し訳なさそうに語ったのだ。


「もう食べられません」と。


 ベーコンのたっぷり入ったミルク粥は、オリヴィアには濃厚過ぎた。

 いくらかつての好物だったとしても、もう何年もミルクを口にして来なかったオリヴィアにとって、まずミルク自体がその臓腑には重たいものとなる。

 実はオリヴィアがその少し前に紅茶の味について長く思案していたのも、紅茶の確かな味を想い出したあとに、知らぬミルクティーの味を想像するためだった。飲まなくて、正解だったかもしれない。


 続いてレオンが勧めたパンがまた悪かった。

 バターをふんだんに練り込んで焼かれたクロワッサンだったのである。


 さらにレオンが気にしたことは正しく、オリヴィアは伯爵家では夜中の一食、公爵家に来てからは昼下がりの軽食だけで食事を済ませてきたから、朝にはまだ胃が食べるための準備を整えられていなかったのだ。


 泣きながら謝罪して詫びるオリヴィアに、レオンはしばし茫然としたのち、医者を手配した。

 すると医者は、酷く衰弱しているから、しばらくは療養させるようにと宣告したではないか。


 今度こそ、新妻との楽しい日々を始められると信じていたというのに。




「次は誰だ」


 低く凄む声に恐れから来る息を呑み込んで、執事長は澄ました顔でレオンへと書類を手渡した。

 オリヴィアの身の回りの世話をした侍女について、仔細書き込まれた資料である。


 曰く、オリヴィアは公爵家の侍女らが気に入らないと忌避している。

 曰く、オリヴィアは公爵家の食事が口に合わないと拒絶している。

 曰く、オリヴィアは公爵夫人らしからず、一人で部屋に籠ることを望み、侍女らの入室も許さない。


 事前に侍女長から聞かされていた言葉を、侍女らはのうのうとレオンの前でも垂れ流した。


 すべては奥様のご希望通りだったのです!と胸を張る者まで現れる。


 

 また一人、レオンの前に連れて来られた侍女は、直近の仕事振りについて問われると、これまでの侍女らと同じように語り出した。

 だからレオンは凄む。


「発言に虚偽があればどうなるか分かっているのだな?」


「ひっ」


 侍女たちは順に呼び出されている理由を聞かされてはいなかったので、この部屋に足を運び、そこにレオンがいることには驚いた。

 だが驚くばかりで、彼女たちの誰もが恐れを見せない。

 それどころか、どこか嬉しそうに恥じらう笑顔などを見せてきて……。


 レオンに脅され、ようやく自身が置かれた立場に気が付いた侍女たちは、簡単に同僚を売り払った。


 それはそれで、公爵家の侍女としてどうなのか。

 今回の問題に率先して関わらなかった侍女であっても、その適性を見極める必要性が生じてしまったことはレオンにとって誤算である。




「オリヴィアに合わす顔がないではないか」


 また一人侍女を部屋から追い出して、レオンは呟き、別室で休んでいるであろう妻を憂える。

 他に適役もおらず、悩んだ末にベテランの侍女長に世話を任せたが、これでは適役の侍女をすでに仕えている者の中から見出すことは困難となろう。


 よく反省して見えた侍女長は、元から直接オリヴィアに危害を加えてはいないし、これ以上オリヴィアの待遇を悪くすることはないと考えられた。

 それでも彼女への信頼感をさっぱりと失ったレオンは急ぐ。

 こんな茶番は早々に終わらせて、妻の側にあらねば。


 険しくなったレオンの表情を横目で捉えた執事長は、息を顰めながら、レオンに次の資料を差し出すのだった。




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