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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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納得出来ない奥様


 人知れずこっそり落ち込んでいる気でいるレオンを眺め、満足気な笑みを零したルカは、今度はオリヴィアに視線を移した。


「レオンへの書状に書いてあるはずだけれど。旧伯爵領は、レオンに託すことになってね」


「伯爵領をですか?」


 驚いたオリヴィアは、すぐにレオンを見やった。

 別に隠していたわけではないレオンは深く頷くと、「もはや嫌がらせだな」と妻の前ではついつい本音を漏らしてしまう。


 オリヴィアは不思議そうに首を傾げた。


「先行きを不安視していた旧伯爵領の()()()領民たちは公爵領への取り込みに大喜びだ。公爵領も移住希望者が後を絶たない状況であるし。これ以上の処置はないだろう?」


「どこぞの貴族への褒賞としたらどうなんだ?」


「長く戦もなければ、最近は目立って活躍している貴族もないからねぇ。それでなくとも、公爵領の隣地は嫌がられよう?そうするとはたしてこれは褒賞かと懐疑的に捉えられることにもなるし」


「嫌がられるなどとはっきり言ってくれるな」


「これは事実だよ、レオン。現実を見たまえ」



 これまで公爵領に接した土地を、褒賞として王家が貴族に与えたことはない。


 現在公爵領と隣接した土地を領地としている貴族は、かつて公爵領が出来た当時から続く家の者たちであり、長く領地が変わっていないだけなのだ。

 実はオリヴィアの生家である伯爵家もその歴史は古く、そんな家をひとつ終わりに導いたと考えれば、ダニエルが起こした件はこの国の歴史に残る大事件として語り継がれていくことが決まっていた。王侯貴族たちへの戒めの意味を込めてだ。


 だが古い家だからこそ、取り潰すか否かは揉めた。

 最後の最後まで、伯爵位をオリヴィアに委ねるか否かという議論は王城でもなされていたが、下手にオリヴィアに爵位を譲渡すると、巻き込まれまいとさっさと逃げていたオリヴィアの遠縁の者たちが良からぬ考えを持って近付いてくる可能性を懸念されたのだ。

 それもレオンが側にいれば、考えにくいことではあったが。ダニエルという前例が彼らを警戒させた。


 そして何より、新婚の公爵夫妻だ。

 妻に伯爵位を与えれば、妻は伯爵領に、夫は公爵領にと、離れて過ごすようになるかもしれない。

 これまで苦労してきたオリヴィアにそれはあんまりではないか、と言ってくれる者もいたのだ。


 そこに責任を感じていた皆の者がはじめから共通して持っていた、これ以上オリヴィアを苦しませることは避けよう、という意思が重なって、オリヴィアの責務を増やす話は流れたのである。


 

 このようにして、ひとつの家がこの国からあっけなく消えていった。

 結局遠縁の者たちはこの決定に憤っているようだが、王命が下った今、そして聖剣院が目を光らせている状況で、彼らに出来ることはない。



「奥さんは、納得していないように見えるね」


 ルカはにっこり微笑んで、オリヴィアに指摘した。

 オリヴィアはこれに、とてつもなく焦る。


「え?あの、申し訳ありません」


 おかしな顔をしていただろうかと頬を押さえてレオンを見るが、レオンは首を振って逆に「おかしなことを言うな」とルカを叱り付けるのであった。


 しかしレオンに睨まれたルカは、レオンは無視して、オリヴィアに微笑み掛ける。


「僕は責めたいわけではないから、安心して欲しい。ただ奥さんの本音を聞きたくてね。この処分は優し過ぎる、と思っていないかな?」


「いえ、このような寛大な処分を与えていただきまして、心より感謝しておりますが……はい」


 ルカの強い視線に負けたオリヴィアは、素直に頷いた。


 レオンと婚約していたとはいえ、伯爵家の後継の立場にあったのだ。

 オリヴィアは少なからず責任を取ることになろうと考えていた。

 

 しかし王からは、公爵夫人として勤めよと言われるだけ、そのうえ夫には伯爵領まで与えられてしまったら。

 オリヴィアにはレオンと同じようにこれが罰という認識がない。

 すると抱えた罪悪感は、行き場を失い心を彷徨うままである。


 オリヴィアはひとつ忘れていた。

 伯爵家が取り潰し、という時点で、すでに重い処分を受けているのだ。

 重罪人を出して生家を失ったオリヴィアが公爵夫人として生きていくこと、それは貴族社会では厳しい道となる。

 いくら特殊な公爵夫人であるとは言ってもだ。



 くすりと笑い、ルカは一度レオンを横目で眺めてから言った。


「奥さんには納得出来ないことも分かるよ。だけど陛下も僕たちも、二人にはかなりの重罰を与えた気分でいてね。ねぇ、レオン。君には分かるよね?」


「あぁ。残念ながら、よく分かっている」


 オリヴィアは素直に首を捻った。

 先から公爵夫人らしさを完全に失っているのは、ルカがレオンの気心の知れた相手で、そういう身分でここにいると理解しているからだろう。


「まずは公爵位について考えてみようか。奥さんは、レオンに代わり公爵になりたいと願う貴族がいると思えるかな?」


「……心でひっそりと想う人ならば、いるのではないでしょうか?」


「ふふ。奥さんは心が清らかなのだろうね。ほとんどの貴族は腹に一物抱えているものだから、なるべく僕ら聖剣院や公爵家との関わりを避けたいと願っているんだ。公爵になればかえって安全、と短絡的に考える者ならあるかもしれないね。だけどそこに聖剣院との密接な関わりが確約されているとなれば、話は変わる。公爵の立場で不正なんてしてごらんよ。僕らがどう出るか。そこまで考えてみれば、今のままおとなしく自身の領地を経営しておこう、と普通の貴族ならば考えるものでね」


 普通ではないダニエルという男を少し知っているせいか。

 オリヴィアはまだ納得した顔をしていなかった。






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