怒り狂うかつて義父だった男
「さて。すべては終わり、あとはお前を研究所に移送するだけとなったが。申し開きなど聞く気はないが、俺とこうして真面に対峙することも最後となろう。何か言いたいことがあるならば、聞いてやらなくもないぞ」
レオンが言うと、ルカがピタリと笑い声を止めて、ダニエルを見据えた。
その目は、さぁ、どう出るか?と愉快気に煌々と輝いているように見えなくもない。
一方で輝きを失った暗い瞳は、縋る光がいくら冷たく刺さろうと構わないのか、レオンだけを見据え情けをくれと訴え掛けている。
「む、婿殿……私は……」
「何を言ってもお前の処分は覆らない。王命に反することなど出来ないからな。お前もその気で話せ」
この部屋に来る者は、気が狂っていてもおかしくはなかった。
ダニエルがはははと乾いた笑い声を発したとき、誰もがこの男はついに狂ったのだと信じたものだ。
だがその笑い声は長く続くことはなく。
ダニエルは急にひゅっと息を止めたあと、今度は呻くように低い声で呟き始める。
それもまた、気が狂ったように捉えられるものではあったが。
吐き出される言葉からはまだ少しの正気な部分を受け取れた。
「……何故だ?……何故なのだ?……どうしていつも私ばかり」
心が弱い人間は、常日頃からそうであるが、窮地になるほど自分以外の存在に責任をなすりつけるものである。
ということは座学でも教えられてきたレオンたちであったが、親の年齢にあるダニエルがなお己の罪から目を逸らす様を目の当たりにすると、ただただ醜いと感じ、嫌悪感を強められる。
反省出来ない人間には、後悔を促すことも出来ないのか。
自分たちの力量が足りていないのではないかと、レオンもルカも目のまえの醜い男から己の不出来を考えさせられた。
「私が長男として先に生まれていれば。違う。そもそも何故子爵家なのだ。もっと上の貴族であったなら。何故違う?何故違った?こんな汚い小僧らが王家に公爵家だと?何故だ、何故だ、何故なのだ!」
次第に語気を強めたダニエルは、そこでレオンを睨み付けた。
「お前たちには分からんだろう!この私の苦悩など!最初から恵まれたお前たちなどには!くそ!何も知らず偉そうにしやがって!」
最後だと分かったからこその抵抗か。
されどダニエルがいくら罵ろうとも、レオンもルカも動じることはなかった。
それどころか、冷静に二人で会話を進めていく。
「生涯分かりたくもないが。公爵としては知りたいところではあるな」
「あぁ、僕もだね。こんな男は滅多に出ないと思うけれど、後世のためにもこいつの心情の動きはよく把握して記録しておきたいところだ」
「研究所の職員らには、精神面の研究も行うように伝えてあるが、さらに念を押しておこう」
「さすが、レオン。その結果は陛下にも提出し、必ずや我らの今後とこの国に生かすとしようではないか」
ダニエルはその場で地団太を踏んだ。
無視されることが、最も堪えたのであろう。
「何をっ!お前たちのような若造が!お前など娘婿の癖に!なんと無礼な!」
ダニエルは止まらなくなったのか、喚く、喚く。それは醜く。
「お前は婿なんだぞ!私は義父だ!お前より偉いのだぞ!もっと敬え!無視するな!私を見ていろ!」
レオンは眉間に皺を寄せたが、それはダニエルの煩わしい声よりも、鎖が擦れガシャガシャと鳴る音の方が不快だったからだ。
今さら、義父だ、婿だと言われても、もはやレオンの感情が揺さぶられることはない。
ルカが同情を誘うようにして、レオンにだけ言う。
「なぁ、これで分かっただろう、レオン?こいつは尋問の担当官にもこうだったんだよ。どうせ平民の出だろうと決めつけて、こちらの質問には答えず、責任者を出せだの、自分は貴族だのうるさくてね。それで僕が直々に尋問してやったんだが。王子だといくら言って信用して貰えなかったのだよ」
「苦労は察するが、もう少し頑張ってくれても良かったと思うが?」
「いやぁ、周りに止められちゃってね。尋問中の不慮の事故だってよく起こることだろう?だけど、こいつの場合は、研究所が待ちわびていたからさぁ。兄上がうるさくてねぇ」
最先端医術研究所は公爵家の管轄にあるが、珍しいことに数年前に王家から臣籍降下した研究員が入っていた。
彼は研究所のトップに立つ気はまったくなく、生涯掛けて研究にその身を捧げることだけを希望している。
そんな研究狂の男だから、良き実験材料である重罪人が回って来る日をいつも楽しみに待っていたのだ。
主として貴族を相手とする聖剣院では、死罪に値する重罪人はそうそう現れることがない。
王都やその他王家直轄地の治安も維持している聖剣院であるが、王国では特に治安のいい場所とあっては、やはり重罪人が出るような犯罪はそう起こらなかった。
実験用の人材が確保されずとも、研究所では日々医術の発展のために忙しく研究が続いていて、暇ということはない。けれどもやはり、検体となる人間を欲している研究者たちである。
そのため研究所では、他領で死罪となった罪人を引き取るようなこともしていたが。
公爵家や聖剣院には率先して関わりたくない貴族たちは、領主としての恥となる重罪人の引き渡しを渋るわけだ。
という背景もあって、研究者たちは首を長くして、ダニエルの到着を待っていたのだ。
普段王族らしいことを言わぬ男も、聖剣院にはその血を誇り強い圧を掛けたのである。
さすが、ルカの兄だ。
と、思うレオンは、同時にこの国の王族は大丈夫なのか?と少々心配にもなっていたが。
その働きぶりが立派であるがゆえに、公爵としては何も言うところはなかった。
「無視をするなと言っているっ!これ以上、私を侮辱することは許さぬぞ!」
ダニエルの怒鳴り声が、隣室にも聞こえるほどに大きくなったところで、レオンは濃紺色を纏う騎士に視線を送った。
するとその騎士はぐっと鎖を引いて、ダニエルを拘束からくる痛みで大人しくさせてみせる。
レオンは腕を組むと、ダニエルに向かい、淡々と告げた。
「言いたいことは、それだけか。ならばもう移送するぞ」
「最後の最後まで、妻子の心配もせずとは。本当にどうしようもない男だったね」
レオンに続き、ルカが言うと。
ダニエルは救いを得たりと、はっとして顔を上げる。
どこに救いを見い出せると思えたか。甚だ疑問だ。




