ダニエルの向かう地獄
「……けんたい?」
公爵領について事前に少しでも学んでいたら、そして今のダニエルがまだ生きたいと僅かでも願っているのだとすれば、ダニエルはここで青褪め震えていたはずだ。
つまりはレオンが告げた自身の先行きについて、ぼんやりと立つダニエルは何一つ理解出来ていないということになる。
「お前は多過ぎる人間の命を奪ってきたな。その命を持って償う必要があることは分かっていよう」
「では……し……」
レオンは大袈裟に首を振って、あえてひとときの安寧を与えてから、先を言うのだ。
「だからと言って、お前の穢れた命を捧げたところでどうなる?同じ命は戻らないし、この世の何の足しにもならんというわけだ。陛下はこれを憂い、此度は無用なお前の命に、贖罪としての立派なお役目を与えてくださった。心から感謝するといい」
ダニエルの表情から、なお何ひとつ伝わっていないことが分かったレオンは、さらに言葉を足した。
「ただの処刑では終わらせんぞということだ。お前にはその身を使い、医術の発展に貢献してもらう。すでに研究所からは、お前の処遇に関するいくつもの案を受け取っているところでな。そこから俺が、より長く生き、より世に役立つ、最上の案を選んでやることになっているから、これも喜ぶといいぞ」
しばらく固まっていたダニエルは、かすれた声で力なく言った。
「……何故?」
また同じ問いだ。
何故、何故、何故と三度聞いて分からないなら。
この男は生涯何も理解出来ぬまま終わるのだろう。
これを危惧したレオンは言う。
「俺に全権が委ねられたと言ったであろうが。それはお前がこれから何一つ自分では選ぶことが出来ないことを意味している。すべてを俺に選ばれて、その身を削り、お前は医術の発展のためだけに生かされていくのだぞ」
レオンはわざとらしく口角を上げて、なお続ける。
「分からぬお前のためだ。特別にもっと具体的に言ってやろうではないか。これはすでに決定している流れだが、研究所で身体検査を行ったあとは、ある特定の病気に罹患して貰うことになっている。新薬の効果を検証するためだ」
「病気……」
「そんなものでは終わらんぞ?ここからが俺も難しいところでな。新薬などどう転ぶか分からぬものを相手に、より長くお前が役立つ計画を立てねばならん。そのうえでだ、外傷の治療法や外科的手術の新技術も試したいと方々から言われていてな。どちらも両立出来るように、研究所の者たちと今後の順序をよく検討しているところだが。新薬の実験結果も踏まえねば、決定出来ぬところもあろう?あぁ、安心するといいぞ。いずれにせよ、命の危機に直結しない実験から行うことは決定事項だ。まぁ、実験というからには失敗も付きものであって──」
レオンは検討されている研究所での実験内容について、仔細語ってやった。
繰り返し実験を行い、いずれその身が全体としては使いものにならなくなったあとには。
その身をバラバラにして皮膚の一片まで無駄なく使う旨まで伝え終えたとき。
ダニエルはその場で膝から崩れ落ちそうになっていた。
身体が崩れずに済んだのは、繋がれた鎖がそれを許さなかっただけで、今もダニエルは無理やりに立たされた状態にある。
虚ろな目をするダニエルの瞳には、光がない。
しかしどこかで縋るようにして、真っ暗な瞳はレオンの顔を見据えていた。
「やっと分かったみたいだねぇ。いやぁ、本当に良かったよ。ここまで分からぬ男も珍しいからさ。最初は面白かったんだけどねぇ。いやぁ、これが最初だけだったんだよ。すぐに飽き飽きしちゃってさ。大事な実験材料を傷付けてはいけないと思うと、ねぇ?」
ルカはしみじみと言ったあとに笑い声を再開したが、もうダニエルがこれを睨むことはなかった。




