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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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地獄までの案内役


「国王陛下の命により、これよりお前の全権はこの俺に委ねられた」


「は?」


 ダニエルはまだ分からない顔をしていた。

 生気を失った瞳にも、僅かの怯えが見える。


 公爵と言ってもまだ若く、それも娘婿だと侮ってきた男が、ここに来て急に自分の全権を持ったと言い始めた。

 そのうえ、同じく若いと侮った聖剣院の役人もまた、すでに自身の終わりを見据えているダニエルをこれからさらに絶望の淵へと突き落とす気でいると言ったのだ。


 死刑より恐ろしいことなどあるだろうか。

 どうせもう終わりなのに。


 ダニエルは、かつて常に抱えてきた不安を思い出しながら、それでも若い二人の男を馬鹿にしていた。

 これ以上、自分を貶めることなど出来やしないだろう、と。



 それに異を唱えるように、ルカがくすくすと笑っている。

 とても楽しそうなこの若者が憎いと、ダニエルは感じ始めた。


 憎さは不安を解消させる。

 だから最後の気力で睨んでみるも、その瞳に生気は戻らない。


 ダニエルはもう心で死んでいたのだ。



 堂々とルカを睨むダニエルを見て、レオンは呆れた様子で問い掛けた。


「よもやと願うが、お前は聖剣院についてもよく分かっていないのではあるまいな?」


 馬鹿にするなと、ダニエルはレオンのことも睨んでみるが、レオンは皮肉気に冷笑を返すのみだ。


 ダニエルの内に憎しみが膨れ上がった。

 自分より若い者らに馬鹿にされることもまた、ダニエルは死を覚悟した今でさえ厭うている。


 だが聖剣院での尋問に継ぐ尋問を受けたあとでは、カッとなって叫ぶ気力は残されておらず。

 鎖に繋がれ、殴りかかることだって物理的に不可能だった。


 だから睨む。

 それくらいしか、ダニエルには憎しみを表現出来ない。


 最後くらいいいだろう、という甘えをなお持ち、ダニエルは若者らを睨みながら不安を解消させる。

 そう、最後だ。

 不安も憎しみも、何もかもが。


 ダニエルは達観していた。



「そのよもやのようでね。いい加減こいつにも分かるように説明してあげてよ、レオン」


 レオンもまた迷惑そうにルカを睨んだが、ルカはいつも笑うばかり。


「分かる頭があればいいが。仕方あるまい」


 それからレオンは滔々と語った。

 聖剣院の者がこれだけいながら、何故自分がと疑問に思いつつも、まずは聖剣院について話していく。


 聖剣院とは、かつての王が主として貴族を取り締まるために結成した組織だ。

 それが今では、貴族だけでなく、王都や王家直轄地における庶民の取り締まりや治安維持にまで仕事の範囲が広がっている。

 ダニエルが王都でよく青い三本線入りの白服を避けて遊んでいたのは、こういう理由からだった。


 ちなみにその特異な名付けをしたのも結成当時の王で、『神から与えられし聖なる剣は悪人の心臓だけを突いた』というこの国の神話の描写からその名は安直に選ばれた。


 そういうことで、王家直属の組織らしく、聖剣院の歴代の長も、常に王家から人選されている。

 現国王の第三王子ルカもまた、聖剣院の次の長になる予定で、現在の長である王弟、つまり叔父の元で仕事を引き継いでいる最中にあったというわけだ。

 この叔父がなかなかの曲者であって、早いところ引退して旅をするのだと言っては、引継ぎもそこそこにほとんどの業務をすでにルカへと投げ渡していた。


 というわけで、正式ではないにしても、実質的には今やルカが聖剣院のトップに立って組織を動かしていたのだ。



「第三王子……殿下……?」


 呟くダニエルを前に、レオンは改めてルカを睨んだ。

 ルカはへらへらと笑うばかりで、これにも取り合わない。


「本当にどうなっているのだ?尋問は正しくしてきたのだろうな?」


「本気で睨まないでよ、レオン。もちろん何度も伝えたはずなんだけれど、すべて聞き流すからさ。もう面白いから、放っておこうかなと」


 レオンから溜息が漏れる。 

 今の今まで、王子を前にしているとダニエルは思って来なかったのだ。


 だがダニエルは王家という巨大な権力を前にして、怯えを見せなかった。

 自身の終わりを悟っていたら、今さら何が出て来ようとも怖くはないものかもしれない。


 ルカがつまらなそうに顔を歪め、レオンはそれに顔を顰めた。


「お前の願った通りにはならなそうだぞ?」


「うーん。順番を間違えたかなぁ。心を壊す前に、身体に叩き込んでやった方が良かったようだね。だけど傷物だと君たちが困るだろう?」


 はぁっとレオンは嫌味ったらしくもう一度溜息を漏らした。


 ルカが聖剣院の後継に選ばれた理由は、この気質があったからだ。

 息子にはこの仕事がぴったり合う、という現国王に王妃のお墨付きまで貰って、ルカが聖剣院の次期長となることが決まったとき、王城の誰もがほっと安堵したという話は、レオンも聞いたことがある。


 どれだけ問題児だったのだ?という疑問を覚えた日も懐かしく。

 ルカを知った今となっては、レオンも国王夫妻含め、王城の者たちに強く同情してしまうくらいだ。


 レオンはルカを無視し、ダニエルに自分がその身の全権を受け取った意味を早いところ伝えることにした。

 こんな茶番は早く終わらせねば……待たせている人がいるのだ。


 本当は何も知らず、邸で楽しく過ごしていて欲しかった人がもうずっと前から隣室で待っている。


 レオンは先を急いだ。






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