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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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かつての子爵家で起きた騒動


 子爵家の三男として生まれたダニエルは、結婚するずっと以前より、たびたび問題を起こしていた。

 その後始末をしていたのは二人の兄で、特に次男の方がよくダニエルの面倒を見ていたそうだ。


「何をしようと可愛い弟に変わりない。見限ることは出来ない」


 ダニエルの次兄が何度かそう周囲に漏らしていたという証言がある。

 しかしダニエルは、聖剣院の取り調べで聞かされるときまで、これを知らなかった。


 顔だけはいいが、中身は空っぽな男。

 兄二人は優秀であるのに、どうしてあのように。


 すでにそのように称されていたダニエルは、当時から貴族たちとの交流を避け、市井の女たちと過ごすことを好んでいた。

 気質も変わらず、貴族を厭いながら自分が貴族であることを誇り、平民に対して横柄に振舞うばかりか、カッとなって手を出すようなことを繰り返している。


 それが領内の平民相手である限り、子爵家では揉み消すことも容易で、一時形式的に叱りつけながらも末っ子の三男坊に甘い子爵家の面々は、ダニエルを好きにさせてきた。

 そのつけが回る時が来る。


 ある日ダニエルが、婚約者だった男爵家の令嬢に手を挙げてしまったのだ。


 格下の貴族の家に子爵家の自分が婿に入ってやるんだ、という驕りがダニエルにはあったに違いない。

 両親と二人の兄がどれだけ頭を下げて、金を積み、ダニエルの婿入り先を探してきたかも知らず。


 娘を傷付けられた男爵家当主は怒り狂い、婚約破棄を申し出て、慰謝料を請求、聖剣院にも通告すると、子爵家に告げてきた。


 さすがの子爵家も、これ以上はダニエルを看過出来ないという話になる。

 このとき最後までダニエルを庇い続けた男が次兄であったことなども、ダニエルは知らないまま生きてきた。



 泥酔した状態で帰宅したダニエルは、邸に入る前に兄と揉め、おそらくは兄を突き飛ばしたのだろう。

 酔っていたこともあってか、それとも都合よく忘れてしまったか、ダニエルの証言は二転三転していたが、次兄が庭の池に落ちたとき、ただ一人側にあった男がダニエルであったことは間違いない。


 行方知らずになった兄が庭の池から発見されたのは、それから三日後のことだった。


「なら変わってくれと言ったんだよ。それだけは出来ないと言われたから。ついカッとなって……」


 ダニエルの証言によれば、次兄は次のような言葉を繰り返し聞かせていたらしい。


 お前の気持ちも分かる。

 今度こそ望む家との縁談を結んでみせるから。

 しばらくは大人しく待っていてくれないか。

 両親と長兄にも共に頭を下げよう。


 ダニエルの悪評がすでに領外へも広まりつつある当時に、男爵家とのトラブルがあったことを考えれば、次兄が語った言葉は、到底実現不可能な夢物語に違いない。


 馬鹿にされているように感じたダニエルは、分かるというなら立場を変わってくれと願い、次兄に婚約者をくれと言ったそうだ。

 その場ですぐに断られカッとなったダニエルは、それで次兄を突き飛ばして、すぐにその場から逃げたらしい。

 もしかするとそれは嘘で、殴りかかっていたのかもしれないし、長く揉み合いになった末に池に落ちてしまった可能性もある。あるいは殴って死なせた後に……ということもあり得よう。


 聖剣院で詳しく調べようにも、子爵家はすでに池を潰し埋め立ててしまったため、当時のことはダニエルの証言に従うしかない。


 だが故意か否かは別として、ダニエルが逃げたことは良くなかった。

 それで発見が遅れたせいかは断定出来なくも、次兄が三日も経って変わり果てた姿で見付かることはなかったのだから。



 そうして最後まで庇ってくれる人間を失ったダニエルは、結局正式に婚約を破棄され、子爵家では即金で払うことの出来ない慰謝料まで請求されているが、聖剣院への通告は免れた。

 それが次兄の死のおかげだとは、ダニエルは思いもしなかったであろう。


 むしろこのとき、ダニエルは聖剣院に捕らえられていた方が幸せだったと言える。

 とすれば、それは兄からの制裁だったのだろうか。



 男爵は次兄のことが落ち着いてから、ダニエルの処遇を決めて良いと言ってくれていた。

 けれどもその内容に納得出来ないときには本当に聖剣院に事情を話す旨も、当時の子爵家の当主であるダニエルの父へと伝えられていたと言うから、ダニエルにはもう後がなかったはずだ。


 子爵家から勘当されて平民となるか。

 聖剣院を通さずに更生施設に入り、貴族として自主的にやり直すか。


 この二つの道を子爵家でも検討していたところだ。

 ダニエルの運命を大きく変える出来事が起こる。


 次兄の葬儀後すぐに、伯爵家がダニエルを婿として受け入れる旨を通達してきたのだ。


 薄々と次兄の死にダニエルが関わっていることを予感していた子爵家では、伯爵家の意図が読めず恐れ戦いて、寝る間も惜しんで連日の話し合いが行われていた。

 ところがこっそりと家を抜け出していたダニエルは、これにも参加せず、市井の女の家を渡り歩いていたのである。


 ダニエルは嫌なことから逃げることで、自身に関する重要な情報も逃し続けた。



 そうしてダニエルの運命は本人の知らぬところで勝手に動き出す。

 一方で何も知らないダニエルもまた、大喜びでその新しい人生を受け入れるのだった。



 自分は兄たちと違い、幸運に恵まれていたのだ──。


 何故ならば。

 兄の死について誰も責めない。

 男爵令嬢の件だって問題にならなかった。

 そして兄の人生まで手に入っている。


 それはすべて自分が幸運の元に生まれたからに違いない。

 優秀でないのも、幸運を得るために仕方のないことだった。


 

 ダニエルの偽りの幸福が始まったときだ。

 






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