苦行に変わる夜会
「なお何故と聞くか」
レオンは薄く笑うと、ルカが頷いたことを確認してから語り出す。
「やはり自分には幸運が付いている、この国一の幸運男、だったか?」
驚愕に目を丸くしたダニエルは、口をだらしなく半端に開けた状態で固まった。
「次は公爵になれる、お前もいずれ公爵夫人だ。などと、よく語っていたそうだな?」
「……はは、まさか」
「お前から直接聞いたと言っていたが?」
ダニエルは急いで妻を見やったが、妻はなお騎士に夢中で話も聞かず、甘い夢の中にある。
「俺が聞いた相手はその女ではないぞ」
「は……」
ダニエルの脳裏に、一体何人の女が浮かんでいるのか。
想像したレオンはこれを鼻で笑ったあとに、ルカを見て言った。
「公爵として、この場ではここまでを希望する」
オリヴィアに関しては、他の貴族たちに仔細聞かせる話ではないし。
公爵家で起きたことがたとえ事実であろうとも、公爵家を見くびる理由を他家の者に与えてはならず、やはりこの場で仔細語るような内容ではなかった。
ルカもよく分かっており、だから罪状の部分で、オリヴィアの件や公爵家についてはそう触れなかったのである。
鷹揚に頷いたルカは、すぐに動き出した。
二人の女に関してはどうせ理解出来ないだろうと、早口で罪状を告げたあとに、ルカは騎士たちに向けて言う。
「予定通りだ。連れていけ」
女たちは自ら歩いて騎士と共に会場から出て行った。
男だけは引き摺るようにして騎士らに連れられて行ったが、それは抵抗してのことではなく、自分の足でもう歩けなかっただけのこと。
三人が連行されたあとの、やけに静かな会場で、ルカは高らかに宣言した。
「聖剣院は、ただいまをもって、この場での業務を終了した。皆の者、夜会の場を借り、申し訳なかった。此度の付き合いに感謝する」
そう易々とほっとさせないのが、ルカという男だ。
「君たちはよくよく分かっていようが、最後に改めて告げておこう。本日、この場にて起きた件について、見たまま聞いたままを語るは良し。だがしかし、聖剣院が正式な発表を行う前のどんな罪も、偽りや憶測で語ることは許されておらず。規則破りを発見次第、今度こそ我々は貴族としての罪を問おう。その先に公爵が待っていることも忘れるな。各々よく心得て、己を律するように」
下位貴族から少しずつ流れて来るオリヴィアの噂話。
それを面白おかしく脚色しながら、広げた貴族たちがいた。
悪意はそれほどなかったのかもしれないが。
まだ若き公爵と、姿を見せないその妻を、侮っていたからこそ出来たことに違いない。
高位貴族を侮ることは、爵位を与えた王家への侮辱と同等の罪であり、貴族としてはあるまじき行いとなる。
この国の貴族たちは、ひとたび貴族らしさを失えば、それだけで聖剣院に罪を問われる可能性が十分にあった。
その若き公爵が聖剣院の次期トップとあれほど親密な仲であれば。
罪を問われた自分たちが、どのような裁きを与えられるか分かったものではなく。
心に思うところがある貴婦人たちが一斉に倒れたのは、ルカとレオン、そしてオリヴィアが会場から姿を消してからのことであった。
それまで耐えられたところは、貴族として称賛に値するとも言えようか。
当然ながら、この日はもう夜会の場にいつもの華やかさが戻ることはなく。
王家主催の夜会だからと最後まで残る者も多くいたが、誰も楽しめない苦行の時を過ごすことになった。




