男が犯した最初の罪
焦ったダニエルは、自身では保身のつもりでありながら、失言を重ねることを選んだ。
「実は……娘が過ぎた願いを持ったようで。これに気付いた私は、これ以上娘に教育を与えては良くないと、苦渋の決断であえて教育を与えぬようにしてきたのです」
これでどうだと言わんばかりのダニエルの必死な顔に、ルカはくすりと笑った。
そしてダニエルがほっとした一瞬を見逃さずに、無情に告げる。
「貴族の娘が過ぎた願いを持たぬよう教育することが、貴族である親の義務だ。あなたの言っていることは、貴族としての義務の放棄であって、その罪は変わらない」
「いや、しかし、この娘は」
「もう辞めたまえ。その子を使おうとしても無駄だよ。あなたの普段の言動は、我々がすでに把握しているのだからね」
「は?そんなことはあり得るわけが……」
ダニエルに思い浮かぶ、邸でのあれこれに、市井でのあれこれ。
白服の男たちを避けてきたダニエルとしては、彼らが知るわけがないと信じられた。
「あなたのような人でも他家に出来たことが、どうして我々に出来ぬことだと思うのだ?もしやあなたは普段から我々がこの白服を着て、わざわざ聖剣院の一員だと説明しながら、取り締まりや調査を行っているとでも考えてきたのか?そんなわけがあるまい。我々はこの国のどこにでも、この白服を脱いで潜んでいるものだよ」
ルカがそこでぐるりと周囲を見渡した意味など、ダニエルには関係ない。
「た、他家?は……はは……な、なんのことだか……ははは」
白服が白服を着ていない?
焦り過ぎたダニエルは、頭が真っ白になっていた。
彼らはどこにいたのだ?
どのときを聞いていた?
何を見られた?
ルカは周囲をもう一度見渡して、貴族らの顔をよく確認してから、最後にレオンと目を合わせてひとつ頷く。
それは終了へ向かう合図だった。
「この場でいくら話しても、あなたには理解して頂けないようだ。この場での話は、ここで終わらせることにしよう。話し足りない分は、あとで十分にその時間を与えてやるから、安心するといい」
「おわ……」
どうやら終わりという言葉が、ダニエルに強い恐怖を誘うようである。
ダニエルの膝がまたガクガクと震え出した。
連行されずに済めば、まだなんとかなると信じていたのではないか。
幸運を信じてやまない男だからこそ、なお聖剣院に捕まらぬ未来を描けていたのだろう。
ダニエルは長く夢を見過ぎた。
「では、これより元子爵家三男、ダニエルの罪状を読み上げていく。この場ではこれ以上の質問は受け入れないから、最後まで沈黙して聞くように」
「は、あ……お待ちください!」
「黙って聞けと言っているんだ。何度も言わせるな」
ルカの声色が変わったことで、ダニエルは黙った。
先までの気のいい好青年らしさが消えたルカは、ダニエルには恐ろしい悪魔に見えている。
「まずは、伯爵を騙った罪がひとつ。あぁ、先も王城で伯爵だと名乗っていた件に関しては、王家への反逆の意ありとしてその罪もまた別途問わせて貰う。では、続けて、伯爵位の簒奪を試みた罪。伯爵代行に関する虚偽申請の罪。それから、伯爵家の財産横領罪に、領主でもないのに領地の収入を着服した罪と、領主でもないのに領民を裁いた罪に、王都にて違法賭博を行った罪、貴族を騙り市井の民から金を巻き上げた詐欺罪は十六件、市井の──」
これはどれだけ続くのだ、と疑問に思って聞いていたのはダニエルだけではない。
この場の誰もが、そしてオリヴィアまでも、この男の罪状の多さには驚きを示していた。
しかし驚くにはまだ早く。
ルカが言葉を止めたとき、すでに男の罪状は40を超えていたが。
やっと終わったのかという喜びと安堵をダニエルに束の間与えたあと、ルカはとびきりの笑顔を見せてなおダニエルに告げた。
「最後に三つ。公爵夫人の殺人未遂に、前伯爵の殺害、および、実の兄である当時の子爵家次男を殺害した罪──」
ひゅっと息をのんだダニエルは、その後に続くルカの言葉が何ひとつ頭に入らなくなった。
ダニエルをここまで動揺させた理由は、ルカが最後に告げた罪にある。
はじまりの幸運を失うこと。それはダニエルからすべての幸運を奪い去ることを意味していた──。




