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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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元子爵家三男ダニエル


「元子爵家三男、ダニエル。まずはあなたからだ」


 家名もなく、名だけで呼ばれた意味を、男は知らず。

 恐怖に慄いた顔で、ダニエルは白服の男ルカを見やった。


「はっ……」


 ダニエルからは言葉も出ない。

 ガクガクと目に見えて分かるほど膝は震え、二人の屈強な騎士が左右から腕を押さえていなければ、すぐにでも床に転がることが予見できた。


 だがダニエルのこの怯えは、レオンが先に殿下と呼んでいたことをしっかりと聞き取ったことで生じたものではない。

 ダニエルはただただ自分の行く末の分からぬこの状況が恐ろしかっただけで、この男はまた重要な言葉を聞き逃していた。


「あなたの罪状は多過ぎて後回しにしたいところだが、あなたの罪を話さねば、そこの二人が罪を理解出来ぬ部分があるからな。先に終わらせることとする」


「おわ……」


 人生の終わりを感じたダニエルの身体から力が抜けていく。

 だが騎士たちはこの男に座ることを許さない。


「規則により、あなたはここで罪状を聞く義務がある。疑問や反論、異議申し立てに関しては、後で十分に時間を取ることになっているから、この場では口を挟まぬように」


 ダニエルは話を聞けているのだろうか。

 もうしばししたら、白目を向いて意識を飛ばしそうなほどに、虚ろな目でルカを見ていた。


 まぁ、そんなことになれば、左右の騎士が力づくで目覚めさせるのであろうが。

 連行前に罪状を聞かせることは、聖剣院における重要な規則で、余程の事情、つまり罪人が聞けない状態にでもない限り例外はない。


「第一に、あなたには()()()()()()()()()()()()()という前提ありきで、二人の娘への養育・教育義務の放棄および虐待の容疑が掛かっていた。これを調査した我々は、間違いなくあなたの罪として認める証拠、および証言の──」


「は?え?ぎゃ、虐待ですって?」


 残念ながら、ダニエルにはしっかりと聞こえていたらしい。

 いつも大事なことを聞き流してきた男だったというのに。


 しかし、さすがダニエル。

 ここでも最も大事なことだけは聞き逃している。

 黙って聞けと言われたことだ。


「お待ちください、()()()()()()()殿()。二人の娘への虐待とは一体何のことで?」


 本当にどうしようもなく、重要なことほど聞いていられない男だった。

 そしてダニエル、保身のためならどんなに恐ろしい状況でも動ける男だったらしい。


「黙って聞けと言ったはずだが……」


 ルカがレオンではなく、オリヴィアを見る。

 オリヴィアは静かに頷いて同意を示すも、ルカの視界を遮るようにしてレオンが前に出て妻を隠した。


 僅かに苦笑したルカであったが、レオンと目合わせ、心で語り合い、すぐに罪人であるただのダニエルへと向き直る。


「規則だからと、罪状をただ聞かせればいいというものではなかったね。その罪を理解させるために、我々は告げるのだから。何もかも分からぬあなたには、しばし付き合ってやらなくもない。だが先の言葉は私が言った通りの意味しかないが、二人の娘への養育・教育義務の放棄と虐待について、あなたは何が分からないのか?」


「一人の間違い……いえ、二人とは誰のことでしょうか?」


 ダニエルはどこまでも愚かだった。

 青い三本線入りの白服を着た、また違う男が、立ちながら熱心にメモを取っている姿が目に入らないのだろうか。

 さらにこの会場中に貴族という身分確かな証人が数多いる。


 この状況を良く把握出来る頭があれば……そもそも愚かな生き方をせずに慎ましく子爵家三男らしい生涯を送っていたであろうことを考えれば、もはや仕方がないことなのだろうか。

 そう想えば、ダニエルがこの場に行き着いたことは必然か。


「自分の娘も分からぬようになったか?あるいはオリヴィア嬢、マリア嬢の他に、子として認識している者がまだあるということだろうか?」


「え?いえ、まさか、そんな……はは……」


 男は慌てて妻を見たが……その妻はまだ自身の腕を掴む騎士に見惚れていて、何も聞いはいないのだった。

 それどころか、騎士に小声で何か囁くようなことをして、くねくねと身体を揺らしている。


 見るものではないと、ルカやレオンは捕らえた女たちから極力目を逸らしていたが、夫であるダニエルもまた、すぐに視線を逸らすのであった。


 普段のダニエルであれば、馬鹿にするなと妻相手にも激昂して怒鳴り散らしていたかもしれないが、今は自分のことで精一杯。

 ダニエルは怯えた目で王子を見やり、必死にその足りぬ頭でこの場を切り抜ける方法を探している。


「では、その二人に違いない。続けて良いな?」


「お、おまちください。何故二人なのです?マリアにはよくしていたはずですが?」


 この男が育てたら、それはマリアのような娘が出来上がろう。

 実際には大して育ててもいないのだが。


 ルカは公爵夫妻がマリアに対して同情の余地ありと言った理由をすでに知っていたが、実際にその目で確かめることで、改めてその意味を深く理解するのだった。


 妻と娘の人生を狂わせた、この男の責任は重い。





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