断罪のはじまり
あろうことか、レオンが頭を下げると白服の男は笑い始めた。
それはわざとらしく、声を上げて。
「君のそういう姿もたまに見るにはいいものだね。だけど、その呼ばれ方は僕が落ち着かないな」
周囲にいる者たちがここで興味深く耳を澄ませていたのは、この白服の男とレオンの関係を見極められていなかったからだ。
未来がどうあれ、今は聖剣院で見習い段階の高官である男と、すでに公爵のレオン。
爵位を取ればレオンが上に、血筋を選べば白服の男が上となる。
一方で、聖剣院と公爵家は対等であるべし、という考えもあった。
ならばもう対等な関係で良いのでは?と結論付けたくもなるが。
今は夜会。
王家として存在していないと言われたところで、王家主催の公的な場では王家への忠誠を示す必要があろう。
実はその内で、遊んでいないでさっさと許可してくれ、と至極不敬な考えを持っていたとしても、レオンだってこの場の筆頭貴族としてすべきことくらいは出来る。
このレオンの態度に、一部の貴族たちはほっと胸を撫で下ろした。
何故か。
それは彼らが、今までも公爵としてのレオンを見下し侮ってきたからに他ならない。
だからレオンは、お前たちにはすぐに分からせてやるからな、とも考えていた。
そういうわけで、早くしろとレオンは男に願うのである。
白服の男には、どうやらレオンの不敬な思考などお見通しのようで。
「はは、いい顔をしているなぁ、レオン。君もまだまだ鍛錬が足りていないようだね。麗しき隣のご夫人の方がよほど僕らの仕事に……ごほん」
レオンに厳しく睨まれた男は、はしゃいでいた顔を取り繕うと、大真面目な顔を作った。
夫人の話をしないことは無理だが、なるべくは辞めておこうと心に誓い、レオンの待っていた言葉を掛ける。
「公爵には、特別にこの場にていつも通りに話す許可を与えよう」
「本当によろしいので?」
心にもなく、レオンは問い直す。
男には早くしろと思っていたくせに、まだ少しの間、周囲の描く王家には頭の上がらない気の弱い公爵を演じてやることで、どん底へと突き落としてやろうなどと意地の悪いことを考えていたわけだが。
まさかオリヴィアが気付くはずはない。
「問題ない。それに今は夜会中ではなく、我々の仕事中であると考えられよう。ならば僕らはここで対等であるべきだ。そうだろう、レオン?」
「……なるほど。ところで、ルカよ。出て来るのが遅かったのではないか?」
途端、声を低くしたレオンは、尊大に言った。
わざとらしくいつもは呼ばない名を呼んでやる配慮には、白服の男も笑っている。
「むしろ早過ぎたと怒るかと思っていたよ。まだ足りてはいないだろう?」
「無論足りんが、こちらは後で構わん」
「それもそうだね。では僕らは仕事を早急に終わらせることで、レオンの気が少しでも早く晴れるよう導くとしようか」
「晴れることはないが、急いでくれると有難い」
「……君はただ早く帰りたいだけでは?」
「それの何が悪いのだ?」
「悪くはないけどさぁ。そういうところだと思うのだよ。まぁ、いいや。始めようか」
白服の男とレオンが同じ方向を見た。
二人の視線の先では、青い三本線入りの白服を纏う騎士たちが集まっていて、すでにこの場に不釣り合いな一家を拘束している。
騎士たちに囲まれてガタガタと震え上がっていたのは男だけで、妻と娘はそれぞれの腕を掴む騎士らを睨む………のでもなく、すっかり見惚れ、体を預けるようなことをしている。
妻と娘を捕らえたどちらの騎士もなかなかの美丈夫だったのは、レオンと共にある白服の男の采配に違いない。
これを褒めろとでも言うように男から得意気に微笑まれたレオンは、げんなりした顔で視線を逸らし、妻を見た。
もちろん妻は、特に騎士など見詰めておらず。
ただただ公爵夫人らしい微笑を讃え、長く父だった者を眺めている。
これを女神と言わずして、何を神と崇められよう。
などと、レオンは場違いにも妻を心の中で絶賛しながら、白服の男が現れたときに礼をするため離した妻の手をぎゅっと握り締めるのだった。
白服の男がこれを軽く笑っていたが、レオンの目には映らない。
オリヴィアがレオンを見て、微笑んだからだ。
やはり華が咲く。
どこに?レオンの心の内に決まっている。
戦意喪失しかけたレオンと、オリヴィアの視線が共に捕らえた一家に戻るのを待って、白服の男は宣言した。
「このたび聖剣院は、ここにある三名を捕らえ、裁くことを決定した。規則に従い、これからこの場にて、この者たちの罪状を読み上げていく。すべての者に告ぐ、しばし静粛に」
ここまで言われてもなお、母娘は騎士に夢中だった。
彼女たちには、騎士の方がよほど美しき王子様に見えていたことだろう。
だが先にレオンから殿下と呼ばれていたように、この場を掌握する白服の男こそが実は王子様だ。
現国王の三男、つまり第三王子で、その名をルカと言う。




