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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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作られし幸運の終わり


 娘を邸から追い出して、いい気になった男は、娘を健やかに育ててやる気もなくなった。


 それで勝手に死んだときには。

 それこそ故意ではないのだから。


 さすがに罰することは出来ないよな?


 いや、しかし。

 もしも本当に罪に問おうと、詳しく調べられたら?



 怯えながら矛盾する期待を抱え、死なぬ程度に生かせと命じる小心者が父となっていたことは、オリヴィアとレオンにとって救いであったに違いない。


 この男が愚かでなければ、もっと素晴らしい方法で、もっと早くに伯爵家を乗っ取っていたはずだ。

 レオンとオリヴィアの婚約についても、まだ二人が幼いうちに上手く誘導されて破談とされていたかもしれない。


 けれどもある意味では、愚か過ぎたからこそ、ここまで放置されていたとも言える。




 そんな男はある日妻から妙案を得る。

 会わせないようにしていれば愛想を尽かし、まだ若き公爵は自ら婚約を破棄するだろう。

 妻はそう言ったのだ。


 その言葉に自分への嫌味が多分に含まれていたことに気付けなかった男は、素晴らしいことを言ってくれたと妻を褒め称え、呆れさせ。

 その直後には、すでに自分がこれを実行していたことに気付き、途端、妻を称賛などしなければ良かったと不機嫌な顔を示す器の狭さで、自分こそがすでに愛想を尽かされているとも知らず。


 男は前の妻が亡くなった直後には、まだ娘を外の人間に会わせていた。

 というより、ほとんど邸に寄り付かず、娘を放置していたのだ。


 男が堂々と邸に妻子を連れて戻ったのは、先代の公爵夫妻が亡くなったと風の噂で聞いてからである。


 それからは、自分の暴言と暴力によって傷付いた娘を誰にも会わせるわけにはいかなくなった。

 それが知らず、公爵家との婚約を破談にする方向に流れていたならば。


 やはり自分は強い幸運を持って生まれた男なのだ。


 男は喜び、若き公爵家の坊やなどなんとでもなろうと、いくら娘に会いたいと願われたところでこれを拒絶した。

 娘は妻を亡くした悲しみで臥せったあとから身体が弱り、起きられないのだと伝え続けたのだ。


 元々男は公爵家を苦手としてきた。

 互いの領民のために隣接している土地での共同事業があると聞くも、男としては領からの税収が受け取れたならそれで良く、公爵家がこの事情から撤退したらどうなるかなど考えもせずに、早く縁を切りたいとさえ願っていたのだ。

 領地が接している時点で、縁切りなど不可能であるというのに。


 ところがその若き公爵は、男の思惑通りに動かない。

 ある日、あまりに長く患う身体が心配だからと、お抱えの優秀な医者を手配しようと言ってきた。


 焦った男は、その場で娘は元気になった旨を伝えてしまう。

 伝えたからには、無事に嫁がせる以外の道は消えていった。


 それでも男はなお画策を続けている。


 手紙の返事はすべて素っ気ない内容に変え、誘いもすべて娘が断っていることにした。

 それなのに公爵は、用があって伯爵領に来るたびに、必ず娘に会いたいと言ってくる。


 ここで真の娘の方が、公爵に気に入って貰えれば良かったのだが。

 

 それが難しいことだけはすぐに理解出来た男は、娘を悪女に仕立て上げようとした。


 わがままで手に負えず、公爵が来る日を伝えておいても、勝手に出掛けてしまう。

 遊び歩いてばかりいてとても公爵夫人にはなれない。


 娘の悪評をいくら伝えても、公爵は怒りもせずに、元気になって嬉しい、結婚式のときを楽しみにしていると伝えてくれと言い始める。


 二人の幼少期の仲の良さを知らない男は、ここで妙な使命感を持ってしまった。


 この若い男には、他にも女が沢山いることを知らせてやらねば。

 それも貴族の娘にはない、素晴らしい女が、世には溢れていることを。


 男はそれだけで済まず、最も余計なこと考え始める。

 もしもあの娘が本当に公爵家に嫁ぐことになったとして、それはそれで自分の幸運であるはずだ、と。


 足りない頭で愚策を練りつつ、不安から無謀な行動を重ねながら。

 娘が嫁ぐ少し前には、「死なない程度ではなく、見られる程度に修正しておけ」と使用人たちに命じることは忘れない小心者だ。


 弱い男だから故なのか。


 オリヴィアは生まれ育った邸、いや、離れの物置小屋を去ろうとするそのときでさえ、父親の顔を目にすることはなかった。


 結婚式の場で、幼き娘が急に成長した姿を目にした男は、公爵家に不釣り合いのみすぼらしい様子に心から満足し、強敵をついに倒した勇者のような気持ちで、式が終わり次第、領地へと逃げ帰っている。


 これで伯爵家は自分の天下。

 それなのに、何故か強まる不安に苦しめられた。


 男はだから言い聞かせる。


『自分は幸運に恵まれているのだから』


 それが実は作られし幸運であったということも知らず。

 最初から男は失敗しかしてこなかったことも分からず。


 




 そして今──。


 男は突如真横に現れ、笑い始めた若い男が、本当の意味で何者かを分かってはいなかった。


 けれども、その若い男の纏う服。

 青い線が三本入った白服については、よく知っていたのだ。


 何せ王都でそれを見たら、何もなくともその場から逃げ去ることに決めていたのだから。



 男を支え続けてきた虚構の幸運が、男の足元でガラガラと音を立てて崩れ始めた。

 それでもまだ男は縋った。


 ずっと幸運に恵まれてきたではないか。

 ならば、これも幸運に繋がっている──。





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