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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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精神の歪んだ男


 王城に着いた男は、出迎えてくれた使用人たちを前に意気揚々と爵位持ちらしく振る舞った。

 隣の妻も貴族夫人らしくありたいのだろう。いつも以上に高飛車な態度を示している。


 この場で男が伯爵を名乗ること。それがどういう意味にあるか。

 男にはそんなことさえ分からなかった。


 されど、巧妙に隠しているつもりでも、男の胸には不安が広く巣食ったままだ。

 男は晩餐会の会場に入る前から、婿と娘を探した。

 彼らに会って話せば、不安は解消される気がしたのだ。


 ところが席に通され、案内役の使用人たちが消えたあとには、長く男の周囲に人がない。

 人気のないがらんとした会場で、男は自分が失敗したのだと考えた。


 招待状に明記された時刻ちょうどに到着するものではなかったのではないか。

 抱える不安とは理由を別にして、男はこの場から逃げ出したくなっていた。

 同じ貴族から蔑まれ笑われることこそ、男が昔から厭うてきたことだったのだ。


 しかし男が予測した嫌な事態は、意外にもやってこない。

 少しずつ会場に人が増えていったのだが、男たちを気にする者は皆無だった。


 妙な疎外感に、同席になった者たちとは必ず話そうと男は決めた。

 これだけ人が増えたなら、自分たちがどれだけ早く来ていたかなど、今からやって来る同席の者には分かるまい。


 と思っていたら。

 男たちの席には誰も来ない。


 何故だろうかと男が周囲を見渡していると、ついに婿と娘が現れた。

 すでにほとんどの席が埋まっているということは、二人はこちらに来るのだ。

 王家の配慮か……と思えたのは短いときだけだった。


 離れた場所を歩む二人は、そのまま遠くの席に着いてしまう。

 移動の間も、座ってからも、男とは目も合わない。


 少しは話したいと願っても、この厳かな空気の中で立ち上がり話し掛けに行くことなど男には無理だ。

 普段よく喋る妻でさえ、その口を閉じているくらいに、重々しい空気が肌をびりびりと刺激した。



 晩餐会が終わってからにしよう。


 そう思っていたら、今度は貴族の誰よりも早く婿と娘が消えていた。

 慌てた男が、側にいた使用人に娘の元への案内を頼めば、そちらには許可なく行けないのだと言われてしまう。

 取次を願っても、規則で出来ないことになっているとすぐに断られた。


 

 深まりつつある不安の中で、男は一点だけ重要なことに気付く。


 

 ──晩餐会では何も言われなかった。発表は夜会なのか?



 男は娘たちが、王家の者たちから直々に結婚を祝す言葉を掛けられていたことにも、気付いていなかった。

 久しぶりの正しい食事のマナーに気を取られ、失敗したくない男は、もう早く晩餐会が終わるようにとばかり願っていたからだ。


 せめて話くらいは聞けていたら、父親である自分には声が掛からなかったことに対する違和感を見逃さなかったはずだ。


 それでも男は、何も分からないままにその内で不安を膨らませていく。


 そうして巨大になった不安にいよいよ心が押し潰されそうになった男は、夜会への参加を辞めて帰ろうと思い立った。

 当然それは、男の妻が許さない。

 激しく怒鳴られ萎縮した男は、大人しく夜会を待つことにした。



 そうして案内された夜会の会場でも。



 壁際の目立たぬ場所で控えていようと決めた男に、妻の嫌味が突き刺さる。

 妻は目立つ位置にありたがって、男には有無を言わせず隣に立たせた。


 そしてあろうことか、この夫妻、夜会から参加する予定だった娘の存在をすっかりと忘れていたのだ。

 妻も妻で、晩餐会の場で誰にも相手にされなかったことを恥と捉え、その心中で怒り狂っていたからである。


 他の者たちと話してみたいと言う妻に、男は辞めておけと言ってはみたが。

 妻は男の忠告を聞かず、誰だか知らない貴族たちに自分から話し掛けていった。


 会話が長く続くことはなく、どの貴族たちも何かの理由を添えてはすぐに男たちの前から消えていく。

 隣の妻は、毎度ドレスのセンスを褒められることに、鼻を膨らませて喜んでいるが。



 それは真逆の意味であると、何故分からないのだろう?


 あぁ、そうか。妻は元々貴族ではなかったのだ。



 妻を冷たく横目にしながら、ここで男は昔のことを思い出した。


 この世界が嫌で、市井の身のない女とばかり遊んできた過去を……いや、過去でもない。



 こんなつまらない場。何度も呼ばれたから何だと言う?

 馬鹿々々しい。世にはもっと楽しいことが溢れているというのに。


 ここにいる奴らは、それを知らずに一生を終えることだろう。

 なんて可哀想に。



 男の不安が少々和らぐ。


 嬉しくなった男は、目に映る貴族たちを心の中で罵倒し、己を保つことになった。

 自身の顔が、その目が、周囲からどのように映っているか、妻同様に想像することは出来ず。




 


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