実は取り繕っていた公爵夫妻
実のところ、賞賛を受ける程にレオンとオリヴィアのダンスは見事なものではなかった。
二か月という短い期間では、誰しもが出来ることと出来ぬことがある。
もちろん二人は努力を重ねてきたが、この夜会で夫妻がなんとか人に見られるダンスを披露出来たのは、一流の講師の手腕によるところが随分と大きかった。
二人の残念な現状を知って、なおかつ期限まで日がないことを理解した講師は、安直に絶望するようなことはなく、それなりに見える技術を教えるから、今はそれだけを覚えるようにと伝え、宣言通りの指導を開始したのだ。
さすがは公爵家から声が掛かる世に名の知れたダンス講師と言えよう。
ついでにその講師は、オリヴィアのドレスや装飾品にまで口を出した。
ダンスがよく映えるように細部にまでこだわっておけば、人間の目はそちらに気を取られ、ダンスが少々不出来であろうとも気が付かないと言うのだ。
この講師の助言は現実となって、たった今、この場に示されている。
二人が躍っている間にほぅっと息を吐いて、我を忘れ見惚れた婦人は幾名あったか。
レオンの存在を抹消し、オリヴィアの容姿だけを追い掛け続けた殿方はどれだけいたか。
結局のところは、オリヴィアの美しさがすべてで、ほとんどの者はダンスの出来がどうこうと評するところまで頭が回らずに済んだのである。
本当の実力に気が付いていたのは、余程のダンス好きで、自然そちらに意識が向いた者だけに違いない。
だが分をわきまえた彼らが、この場で公爵夫妻のダンスに対し物申すなど、あり得ないことだった。
このすべてを見越して、ダンスに向かない公爵夫妻の講師役を引き受けた講師は、いずれその任を下りたとしても、貴族たちから引く手あまたとなる未来がここに決定されている。
そんな素晴らしい講師の助力があって。
ホールに響く称賛の拍手は、気遣いを越えて、いつまでも鳴りやまない。
中央で手を取り合い長く見つめ合っていた二人も、さすがに長過ぎやしないかとその微笑みに苦笑を交えた。
やがてレオンは、音の渦の中、妻の手を引き中央から壁際へと歩み出す。
周囲にとっては、これが次の段階へと向かう合図に代わった。
一斉に拍手は止まり、今度は人々が正しい順序を守ってダンスホールから出たレオンたちを取り囲む。
はじめにレオンたちに接触したのは、今日の晩餐会に参加していた侯爵家の中でも最も歴史が深い家の者たちであった。
彼らとは晩餐会のときにも席を同じくしていたため、オリヴィアも臆することなく会話に興じていく。
その傍らでは、他の侯爵家の者たちが複数名、レオンとオリヴィアとの会話のときを待ち構えていた。
貴族とは爵位からなる完全な序列社会だ。
公的な場においては、皆が徹底してこれに準拠し行動することになる。
その行いに爵位を与えた王家への忠誠の意味も込められていれば、それは当然だろう。
さすがにそこまでの愚者ではないか。
貴族ならばこそ、他家の目を気にしよう。
おかしな意味で、レオンはほっと胸を撫で下ろし、妻と共に侯爵らの相手をしていたのだが──。
レオンの読みは、まだ甘かった。
「お姉さまっ!」
高らかに響いた場違いな声は、若い娘のものである。




