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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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周囲の思惑通り虜にする奥様


 その公爵夫妻が現れたとき、会場はしんと静まり返った。

 それは高位貴族が現れたことによる配慮からのそれだけでなるものではない。


 お揃いの濃紺色を纏った公爵夫妻、特にこの夫人に、先に会場に入っていた者たちは一様に目を奪われ、それに足りず思考までも奪われたのだ。


 元々あったはずの恐怖、嫉妬、遺恨、興味本位……といった種々の感情は薙ぎ払われて。

 あとに残るものは、ただ一つ。


 崇高な佇まいへの畏怖の念。それだけとなる。


 公爵家が本気で引き出し、付加されたオリヴィアの美しさは、もはや神々しくもあって、人々に息を呑む恐れを抱かせるほどだったのだ。



 それがまた変わったのは、レオンに耳元で何やら囁かれたオリヴィアが柔らかい初夏の風のようにレオンを見上げふわりと微笑んだときである。


 あらゆる者が抱いた感情は、青空の下、一面の野に咲く花々を前にして、雑念のすべてが凪いだ、それに一致していた。



 もう怖くはない。


 ただただ美しい。


 この美しき華を出来るだけ長く側で愛でることだけを考えていたい。



 そんな穏やかな思考も一瞬のうち。

 美しい妻の隣に立つ夫からの鋭利な刃物で心を抉る如き強烈な視線が、今度こそすべての思考を薙ぎ払った。



 そうして無心となって、目の前を過ぎ行く公爵夫妻を見送っているのに。

 気が付けば、また自然彼らの目はその妻の後ろ姿を追っている。

 誰もが同じように。




 厳かな晩餐会の場でさえも妻に集まる不躾な視線に、レオンは不快さを覚えていたが。

 この会場ではもっと酷く、妻の手を取るエスコートをしていなければ、レオンは今宵の目的を投げ出して、すぐにでも妻を連れて邸に帰っていたことだろう。


 それもこれも、オリヴィアに公爵家が公的な場で使う濃紺色が似合い過ぎたのだ。

 何せオリヴィアの美しさに慣れていた侍女たちが、これに驚いたほどなのだから。


 普段使い用として淡い色のドレスを増やしてきた公爵家では、オリヴィアに濃い色を薦める者がいなかった。

 苦労を重ねた育ちから出る儚さが淡い色の方が似合うと思わせてきたのか、あるいは嫁いできたときに持参したドレスがどれも渋い濃い色をしていたために、過去を思い起こさせるような色味は避けようとしてそうなったのか。


 真意は定かではなくもそういうことで、今日のドレスを試着した段階から公爵邸では大騒ぎとなった。


 もちろん当主のレオンは誰よりも唸り、「夜空から舞い降りた星の妖精か何かではないか。もはや人ではあるまい。普段用にもこの色を取り入れ……いや、待て。普段からそれで俺は持つのか?」とぶつぶつと呟き続けては、使用人らの感動の時間を奪い、呆れさせていたものである。


 そのような望まぬ理由で冷静さを取り戻した使用人たちでさえ、そのあまりの似合いようには、オリヴィアに公爵夫人となるべく運命を感じずにはいられなくなって、しばらくは邸内がその話題で持ちきりとなっていた。

 レオンの相手としての運命を感じないところは、公爵家の使用人らの変化を表していようか。

 当主ばかりがこれに憤り、もはや誰が当主なのかといった状態で……。




 さて。


 そんな注目を集める夫妻は、誰にも話し掛けられることなく、真直ぐにダンスホールの中央へと歩み出た。

 夜会では高位の者が踊らなければ、下位の者たちに踊る許可が下りないからだ。


 足を止めた夫妻は自然向かい合うと、レオンが優雅にオリヴィアの手を取り、微笑み掛ける。

 その途端、周囲で見守る貴婦人たちの瞳が一斉に熱を帯びた。


「大丈夫だ、オリヴィア。先生たちも褒めていたではないか。邸でのように楽しもう」


「はい。転ばぬように頑張ります」


「転ばせぬように俺が頑張るから安心してくれ。何もかもいつものように。では、踊って頂けるだろうか、麗しき俺の奥様」


 レオンが膝を曲げて、手の甲に口付ければ。

 婦人方の熱い息が、あちこちから漏れ聞こえた。


「こちらこそ、お願いします。素敵な……素敵な私の旦那様」


「くっ……」


 先に言い出した方が打ち負かされているのは何故か。

 レオンは妻の華咲く笑顔に悶絶し床に転げたくなる衝動に耐えて、音楽を待った。



 オーケストラによる華やかな演奏が始まれば、この場は公爵夫妻のためだけに用意された舞台となる。

 優雅に踊る新婚夫妻を見て、誰が思い至ることだろう。


 この夫が、直前までいた控室で侍女長に滝のような嫌味を浴びせられ、妻に庇われたあげく、使用人にも妻にも頭を下げていた情けない男である事実に。


 この妻の美しき装いが、晩餐会から印象を変えていたのは、元からの計算的なものではなく。

 乱れた状態から急いで取り成した凄腕の侍女らの成果だったということを。


 オリヴィアのドレスの裾が、踊りに合わせて美しく広がり揺れた。

 この完璧なドレスに、ほんの直前まで皺があって、侍女らを泣かせていたことは、この場では夫妻以外に知らないことだ。



 曲が終わり、またしんと静まる会場で、夫妻は手を取り見つめ合った。

 やり遂げた達成感を無言で共有しているうちに、幾重もの拍手の音が夫妻を囲む。




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